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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について
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:
犀角独歩
:2004/05/25(火) 00:07
地名さん:
日宗全『産湯相承事』文中で()で記される口伝・口決は以下となりましょうか。
父母夫婦先表口傳・聖人托胎口傳・聖人上行菩薩口傳前是生御事・聖人御生不殊佛御誕生口傳・苦我茀口決・諸天頌口決・日文字口傳・生佛法界一如口傳・本門下種口傳・佛與聖人同体口傳
これは『就 註法華経 口伝』についても言えることですが、口伝を文書にしてしまうことは、口伝授に対する冒涜ではないのか?とわたしは思うのです。口伝を口伝せず、文にした時点で口伝でなくなるというパラドシカルな性質を帯びているからです。
それにも拘わらず、ある時期から文書化されていくのはどのようなことなのか、わたしは興味を懐いております。
『産湯相承事』は複数の口伝を文書化したうえで、さらに一連の物語として構成した点で文学的要素すら持った文献ですね。これは『就註法華経口伝』の如き逐語的拡大解釈とはまた違った趣を呈しています。
これら口伝が蓮師から興師になされたとは、もちろん、信じがたいところです。
また、石山歴代に何ら古写本がないことを「口伝であったから文書しなかった」などと言い訳するのかとやや皮肉りたくなります。しかし、それが他山で文書化されたのであれば、口伝を他山僧に語った不埒な相承者が歴代にいたことになるという、これまた、皮肉な憶測を導くばかりの体たらくとなるわけです。
なんだか、「つぶやき」のようなことを書きましたが、以上のような点も含めて『産湯相承事』は興味が尽きない一書であると思います。
さて、何故この書中に「大日蓮華山」語が使用されるのか、これがいま継続する考証である流れを継続いただきたくお願い申し上げます。やや脱線したことをお詫び申し上げます。
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