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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

269犀角独歩:2004/08/15(日) 20:04

これまた、ここのところ、頻繁に紹介している『創価学会批判』(日蓮宗宗務院編)の記述ですが、『身延相承書』について、以下のような記述が載っていました。古文書に精通している皆さんは既にご承知のことと思いますが、いちおう、アップしておきます。

「身延相承書には二本あり、一は最後の段に『血脉次第日蓮日興』とあるものと、慶長三年保田妙本寺十五世日侃が本因坊日治に相伝した文書中に見えるものにはその下に続いて『甲斐国波木井郷於山中図之』の十二字が加はつてゐるものがある。嫡々相承の文に二種類あるとは如何したことであらう。…古い興門相伝の書には甲斐国云々と云ふ十二字があるのに現行石山関係の出版物には皆削り去つてある。これは石山自体が本書に対して信頼してゐない証拠で、而も本書がなくては興師の優越を誇ることが出来ぬので改造したものである。何故に改造せねばならぬかと云へば山中に於て図すとあるからで図すと云ふのは曼荼羅とか五時図とか、そうした図示のものでなければ云へない語である所から付嘱の切紙に使用してあることは不都合だと云ふのと、この十二字が両相承の間を動いてゐるのでこれを削ったものであろう」(P30)

「両相承の間を動いてゐる」というのは言わずと知れた教師『立義抄』では池上・身延相承が逆になっていることを指すのでしょう。

『日蓮一期弘法付嘱書』 弘安5年9月 61歳
「日蓮一期(いちご)の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂ふは是なり。就中(なかんずく)我が門弟等此の状を守るべきなり。
弘安五年壬午九月日 日蓮花押
血脈の次第 日蓮日興」

『身延山付嘱書』 弘安5年10月13日 61歳
「釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。身延山久遠寺の別当たるべきなり。背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり。
弘安五年壬午十月十三日 武州池上 日蓮花押」

ご丁寧に「武州池上」となっています。ここは以前は「武州 日蓮在判」でした。

これが

「釈尊五十余年之説教 白蓮日興付属之 可為身延山別当 背在家出家共輩者可為非法衆也
 弘安五年九月十三日 日蓮在御判
 血脉次第日蓮日興 甲斐国波木井郷山中図之

 日蓮一期弘法 白蓮阿闍梨日興付嘱之可為本門弘通大導師也 富士可為建立本門事戒壇也 可待於時耳 事戒法謂是也 付中我門弟等可守此状也
 弘安五年十月十三日 日蓮在御判
 池上相承也」(旧版・冨要疏釈部の一 P44)

となっていることでしょう。
9月8日に身延を発っているはずの蓮師が9月13日に「甲斐国波木井郷山中」に記したというのは、両相承が逆さになっている以上に都合が悪いところでしょう。それにしても、この‘創作者’は、「図之」とはいったい、何を指したかったのでしょうか。


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