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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

243犀角独歩:2004/07/07(水) 13:02

Happy Birthday!!さん:

> 私は興味あり。むしろその指導教師のご指導を、どんどん載せてほしい。

なるほど。そのようなご見解は確かに可ですね。

> 犀角独歩さんからは、その信仰心が(若干?)無いような気もする。

それはそうでしょう。わたしは現石山に信仰心などありませんから。
また反面、熱心な学会を含む石山系集団構成者の有様を信仰であるとは思いません。迷信であると思います。そして、その迷信者の一人にたしかにわたしという人間がいたことをここに率直に認めるものです。わたしの母は常に信仰に命を捨てることを奨励し、わたし自身そのつもりで生きていました。自分自身のことですから、敢えて不適切語・差別語の範疇である語彙を以て表現すれば、それは「狂信」であったと自省しています。

> 犀角独歩さんは、どんな曼荼羅を対境としているのでしょうか?

どんな漫荼羅も対境にしていません。そもそも漫荼羅を本尊と言うことで勤行時の対象であるということ自体、疑義があります。何故ならば蓮師の真跡から、そのようなことが読み取れないからです。

わたしは歴史上のシャキャムニの実像に恭敬の念があります。また、自分が生まれ落ちた信仰圏の尊敬(そんぎょう)の対象である日蓮が敬愛します。また、苦しいときも楽しいときも読み続けた『妙法蓮華経』が好きです。しかし、それらを絶対であるとは思いません。しかしまた、菩薩道、あるいは「空」観(もしくは中道)という仏教圏に醸造された精神史を、釈尊の直説と考えはしませんが尊重します。また、「取捨得宜不可一向」とは実に当を得た釈であると思い、わたしが好きな言葉の一つであり信条ともしています。

いまここでわたしがなそうとしていることは、石山700年来の嘘の一切を暴き、「では、事実は」「事実に基づく信仰は」という再考です。しかし、その信仰を自分がするか否か、それはまさに「取捨得宜不可一向」です。


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