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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

240愚鈍凡夫:2004/07/07(水) 11:57

狸祭り事件の被害者である石山高僧の小笠原慈聞氏は、戦時中、「戒壇之本尊」を写真にとって出征していく信徒にお守りとして売りつけていたという話があります。
これが事実ならば、石山に創価学会の携帯本尊を嗤う資格はないと思います。
もし漫荼羅を写真に撮ることが謗法ならば、その写真を胸に戦地に赴いた法華講の人々はどうなるのでしょうか。同罪ではないでしょうか。

また日開師(日顕師の父親)は、650遠忌記念事業の際に、「御遠忌記念事業費寄附金募集及賞與規定」なるものを設け、信心の厚薄に関係なく、寄付金の金額によって賞与御本尊を下付しているようです。
「第六條 寄附金完納者ニハ賞與大漫荼羅、尊號、賞状ノ三種ヲ以テ賞與ス
一、壹千圓以上完納者ニハ賞與大漫荼羅及永代尊號ヲ授與ス
二、五拾圓以上完納者ニハ大漫荼羅ヲ授與ス
三、弐拾圓以上完納者ニハ尊號ヲ賞與ス
四、弐拾圓以下完納者ニハ賞状ヲ授與ス」
ということだそうです。これは、「富士一跡門徒存知の事」にはない解釈ですね。

また、日開夫人の妙修(日顕師の母親)は「賞与本尊」授与について、次のように発言しているようです。
「あなたがそう言ったって、お山では、大きな仕事をするときにはお金が必要なんだよ。謗法からはお金を貰うわけにはいかない。また、いくら信心があっても、お金のない人からは貰えない。そうしたら、信心はなくても謗法でない、お金のある人に頼まなければならない」

これは、創価学会古参幹部の一人が、
「広宣流布には金がいる」と言って、三桁(百万単位)を差し出すように広布部員に強要した話と同じ次元ですね。

所詮、謗法かどうかなんて、その時々の「お山」の事情でどうにでもなるんですよ。 (`ヘ´) プンプン。
宗教ビジネス最優先が各教団の「お家」の事情というのが本音ですね。

「地涌639」
http://www.houonsha.co.jp/jiyu/17/639.html


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