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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について
211
:
犀角独歩
:2004/06/27(日) 08:26
無徳さん:
言説に詰まって、落ちていくと、詰まらせたほうが仕切ったことになるなどと言う論法は成り立たないでしょう。わたしは、この掲示板を仕切っているつもりもありませんし、気が合う人々とお気楽な雑談をしている気もありません。
それにしても、日蓮本仏の肯定のみならず、弥四郎漫荼羅の肯定が富士門全般の進歩発展につながるなどと言うことには呆れるばかりです。
富士門はひとり石山を指すのではなく、広く富士を仰ぐその他興門を指しています。そのいずれで、弥四郎漫荼羅を肯定することが富士門の進歩発展につながるなどと考えているところがあるのでしょうか。
むしろ戦後日本社会で数と権力にものを言わせ、「言論弾圧事件」まで起こして、自分たちの主張を批判するものを封じ込めてきたために真実を閉ざされ、苦しみ喘いだ富士門の真実を、いまここに白日の下に晒す作業をしているわけです。
それにしても無徳さんともあろう方が、わたしの個人攻撃を公開の場に書き連ねるとどうしたことでしょうか。あなたのここのところの書き込みは何かわたしへの怨恨が頭を占め、しがみつきたい「日蓮本仏、弥四郎漫荼羅の正当性」を鸚鵡のように繰り返しているだけとお見受けします。そのような姿をわたしは見苦しいと言ったのです。議論をするのであれば、一々に証拠資料を挙げるのは当然のことです。
それにも拘わらず、何ら証拠を挙げることもせず、真摯に資料文献に当たる方々が富士門の進歩発展を妨げる断言するファンダメンタリズムは如何ともし難いものであると批判せざるを得ません。
弥四郎漫荼羅は後世の贋作である、このことをしっかりと世に知らしめることこそ、富士門流が世に立ち、その進歩発展の一歩を踏み出す最重要な課題であるとわたしは思います。
下らぬ始成に縛られ、考えることを忘れるなど、実に平静さを失った気の毒な姿であると思うものです。
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