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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

194顕正居士:2004/06/21(月) 09:40
地名さん。

>私注:現代仏教学では釈迦が本地垂跡説を唱えたとは言われていないのではないか。
>私注:ここでは本地垂「跡」となっていて本地垂「迹」とはなっていない。
>私注:「俗神道大意」は、平田篤胤の作か。

釈迦があらゆる経を説いたかのように平田氏が述べているからでしょうか。

「徳川幕政の中運以後、神儒二道の中よりして排仏家を出だすこと其数少なからず、然れども
他は皆学者の態度を以てせしかば、その影響するところ広からざりき、然るに平田氏の如きは
自ら考ふるところありて、学者の態度を守らず、一に通俗を旨となせしかば、その影響する
ところ頗る大なりき」
村上専精『大乗仏説論批判』1903年・第3章第4節「平田篤胤氏の大乗仏説論」
http://kindai.ndl.go.jp/cgi-bin/img/BIImgFrame.cgi?JP_NUM=55008677&VOL_NUM=00000&KOMA=47&ITYPE=0

平田篤胤は富永仲基や服部天游の学説をよく知っていましたが、それらを知らない仏教徒の
無知をからかいながら、一般人にいかに仏教が荒唐無稽の教説であるかを訴えたようです。
『俗神道大意』は門人の筆記ですが、平田氏の説であることは確からしい。『印度蔵志』は
もっと科学的です。「跡」と「迹」は通用します。


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