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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

187地名:2004/06/19(土) 16:13

「俗神道大意一(一五)」          「廣文庫」第拾八册P246-247より引用
(私注:本地垂跡の妄説について)
「本地垂跡の妄説」は、一(ひ)と通りに考えたる所では、行基を始め御国の法師どもの、世の人を・その道に引き入れんがために、思いつきて・新たに始めたる事の如く思わるるなれども、これも・その根ざしは・けしからず古いことで、元来は・釈迦の申し出したることぢゃ、

(私注:仏法は釈迦の始めて考えつくりたるもの)
それは・このまえ仏道の大意のみぎりにも申す通り、元来・仏法は釈迦のはじめて考え作りたることなれば、一(ひ)と通りのことでは、その国人も承知いたさぬゆえ、まず過去の七仏と云うを立て、また己(おのれ)からして久遠劫と申して、限りもなく遠き前から成仏して、兜率天(とそつてん)と云う天に居たる「善賢菩薩」と云うた仏なるが、衆生済度のために、今の身すなわち「釈迦」と垂迹した、この世に出たる由をいつわって、その道弘めたる所が、その後の僧どもも・それを受けて、ますます「本地垂迹の妄説」が委しく(くわしく)相成り(あいなり)、

(私注:中国 儒教)
それより仏法・漢土へ渡ったる所が、から(漢)には元来・儒者が唱えて、世々の王どもも、それを用うる顔に・もてなしをる、彼の聖人の道、即「儒道」が一杯に国の云いぐさと成つておる、


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