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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

169地名:2004/06/12(土) 11:24

本地垂迹(ほんじ・すいしゃく)           仏教辞典から引用いたします。

「仏・菩薩が衆生摂化の方便として神祇と現るるを云う。

僧肇の註維摩経序に「幽關啓け難く、聖応同じからず、「本」に非ざれば以て「跡」を垂るるなく、「跡」に非ざれば以て「本」を顕すなし、「本跡」殊なりと雖も而も不思議たるは一なり」と云い、久遠実成の本師たる釈迦牟尼仏(本門)が丈六弊垢の劣応身(迹門)として世に現るること法華経に見えたり。
これをまた「和光同塵」とも「権化方便」とも云う。

観無量寿経の所説たる阿闍世・提婆の輿悪、王后韋提希の西方願生の如きこれ皆末代の凡夫を誘引せん為めの方便なりとせらるるは・この垂迹摂化の説に依るなり。
観世音菩薩の分身摂化と云い、地蔵菩薩の比丘形をなせる、住世羅漢の応化無方なる亦然り。

印度にては古より輪廻転生の説盛んに行われしかば・諸神の応化を説くこと亦少なからず。
すなわち梵天・帝釈の如きは人心を試みん為め瘻屡弊衣の隠者として世に現れ、毘紐天の如きは化身となりてこの世に現るること十回乃至二十四回に及ぶべきことを伝ふ。
仏教東伝して支那に入るや孔子・顔回・老子の三聖は菩薩・羅漢の応化なりとてこれを偽作の清浄法行経等に載せ、道教にて老子の八十一化を説くが如きこれ仏教の垂迹説に據るものなり。


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