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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

159地名:2004/06/09(水) 21:22
続き
同上
「一 八幡大菩薩・法華の垂迹と云う文は 正直捨方便の文なり 上に於諸菩薩中云り 今の御書の文言分明なり 或御書云・弘決云・和光同塵は結縁の始・八相成道は以て論其の終 毎日三度苦御座事 但偏に利益衆生の故なり 文・始中終を不知人・横難・多可来なり云々 又御書云 然者愚の前には現邪・覚の前には顕仏・自本一如法界なり云々」

同上
「一 天照八幡の二神・法華経の行者の末座に列給事・可如御本尊なり
問云 其証文如何
答云 御書云 天照八幡も其の座にをわせしなり云々 其の座とは・虚空会座の事なり 
次に末座に列給事の証文を習時 御書云 法華経第五云 諸天昼夜常為法故而衛護之等云々 今の八幡は天神なり・地神なり・祇なり 諸天の内を離べからず されば我弟子等をもふべし 八幡は設ひ宝殿を焼て天に登り玉ふとも 此一門の頂にやどり玉ふべし 又此一門の末座に列玉ふべし 又此一門の守護となり玉ふべし云々
私云・されば釈迦仏は法華経の行者をにない玉へば 八幡大菩薩は足をうけ玉ふべきなり(御書意也)云々 故に天照八幡の垂迹日蓮大聖人にて御座なり 依之・首題は本地天照八幡は垂迹・妙は天照大神・法は八幡大菩薩・此二神の垂迹又日蓮大聖人故に 日は天照・蓮は八幡故に本地垂迹の次第にて御本座の下に座し玉ふ 頭に五字を頂給義か 能々相伝あるべきなり云々
口決云 天照太神・八幡大菩薩は我等なり 天とは我等が頭なり 照とは六根互融なり 神とは意根周辺の義なり云々」


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