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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について
152
:
顕正居士
:2004/06/08(火) 05:46
>ここで「十羅刹女」がなぜ出てくるのだろうか。
日御碕神社は神仏判然令以前は「十羅刹女社」だったのです。
http://www.mitene.or.jp/~hayamine/file3/hinomisaki.htm
謡曲『大社』に
「われはこれ。出雲の御崎に跡を垂れ。仏法王法を守の神。本地十羅刹女の化現なり」
http://www.kanazawa-bidai.ac.jp/~hangyo/utahi/text/yo018.txt
とあり、また謡曲『御崎』というのがあり、これから神楽『十羅』が作られたそうです。
http://www.town.hikimi.shimane.jp/culture/cul02.html
十羅刹女は三宝荒神と同一視され(『御義口伝』「三宝荒神とは十羅刹女の事なり」)、
素盞烏尊の娘であるともされたようです。『産湯相承』は日御碕神社の信仰と関係がある人が
編纂したのでしょうね。
ところで応安(1368-75)頃の成立という『太平記』に見える日神本釈迦迹の思想です。
「天照太神此国の主と成て、伊勢国御裳濯川の辺、神瀬下津岩根(かみがせしもついはね)に
跡を垂れ給ふ。或時は垂迹の仏と成て、番々出世の化儀を調へ、或時は本地の神に帰て、塵々
刹土の利生をなし給ふ。是則迹高本下(しやくかうほんげ)の成道也」
http://www.j-texts.com/sheet/thkm.html
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