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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

138顕正居士:2004/06/04(金) 08:41
地名さんが引用された相伝は内容が各山に共通で文章が全同の箇所もあり、大変興味深いものです。
富士の相伝ですと『本尊三度相伝』がこれらにあたります。富要集の註には底本は「水口日源筆」
とあり、『富士年表』の1296年の項に「水口日源生る」とあるから、そうであるならば『本尊三度
相伝』は14世紀の半ば頃に編纂されたのでしょう。

「反本地垂迹」(神本仏迹)の教義をはじめて明確に述べた著作は1332年(元弘2年)、慈遍大僧正
の『旧事本紀玄義』だとされますから、日蓮宗各山の「釈迦天照一体」(日神本釈迦迹)の相伝の
文書化の時期と一致します。
*慈遍大僧正 『徒然草』の著者吉田兼好の兄であり、顕本法華宗の祖玄妙日什の師でもあります。

『産湯相承』は内容に多くの重なりがありますが、「釈迦天照上行日蓮一体」ではなく「釈迦天照
十羅刹日蓮一体」を伝え、「法性天照無明素盞嗚」の配当はいわず、「天照大神日の御崎最初降臨」
をいう特色がみとめられます。

*天照大神は日の御崎に最初に降臨 これは島根県の日御碕神社日沈宮の縁起であります。
http://www.genbu.net/data/izumo/hinomisaki_title.htm
*「本地垂迹」から「反本地垂迹」への思想潮流
次のサイトにあります広神清氏の論考が要約として参考になります。
http://www.jp.tku.edu.tw/japanese/7/COVER.HTM


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