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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について
135
:
地名
:2004/06/04(金) 01:18
132 独歩さん
大変ありがとうございます。
このご指摘は重要であると思いますので、十分に踏まえながら考究していきたいと思います。
重ねて御礼申し上げます。
なお、134については、是一・是二・是三ともいまの私にはコメントしうるだけの知識がありません。
一部の書物では本地垂迹から神本へ移行したとする考えを述べられているものもあるように思われますが、いまの私には軽々に言えません。
神仏習合はあくまで私の推測・憶測・妄想にすぎませんが、仏本ではないような気がいたします。
ただ、初期の習合においては、「本来わが国の神祇には、強い信仰性はあっても、思想・教義はなかった。清らかな心、正直な心をもって神を祈るという、実に素朴な信仰で支えられている。それに寄生していった仏教の側としても、あえて深い思想や理論的裏付けを必要とせず、習合することこそ先決であったといえよう。」(「神仏習合」逵日出典(つじひでのり)著、昭和61年、P85)と。そして、それは「金色燦然と輝く仏像を前にして、わが国固有の信仰対象である神と対比するとき、あまりにも大きく異なる対象であることか。天皇はいうにおよばず、周囲の群臣たちにも共通した驚きであったことだろう。」(同書P18)と。
著者は「わが国固有の神と大陸伝来の仏が、しだいに接近し、やがて習合するに至る素地は、仏教の伝来以後少しずつ培われていった。本来、相当に内容を異にする二つの宗教は、対立こそあれ、歩みより習合するといったようなことはまことにめずらしい。
したがって、その素地の形成には、日本特有なものが作用していることと思われる。四方を海で囲まれた列島、山がちで、山々の間に点々と散在する小さな平地、このような地理的環境は、日本人の生活を考える場合、まず念頭に置かねばならぬ基本的な条件であろう。それに明瞭な四季のめぐり、これも基本的な条件として無視できないであろう。神仏習合の素地の形成には、日本の風土、日本人の心情などが強く働いていたであろうことに注意しながら、いくつかの角度から」「神と仏が習合する素地」「をみつめていくことにしたい。」(P15-16)と。
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