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顕正会の実態を検証する

328愚鈍凡夫:2004/02/25(水) 12:44

無徳さん、ご無沙汰しております。レス有り難うございました。
小生の>>317:のレスでは答えたことになっていないと判断されたのですね。

「治病大小権実違目」の御指南では、「理の一念三千=迹門の一念三千」、「事の一念三千=本門の一念三千」との関係が成り立つかと思います。

「理の一念三千=迹門の一念三千」は、法華経方便品の十如実相の文から天台智邈が導き出した理論(勿論、華厳経の唯心法界論の強い影響もあるでしょう)。「事の一念三千=本門の一念三千」は、法華経寿量品で本因・本果・本国土の三妙が合わせて説かれることにより、仏の「因位」・「果徳」・「国土」が明らかになり、仏の姿が具体性を持って説かれました。このことを「事の一念三千」と呼ぶのでしたよね。
さらに、この仏を仏たらしめている「仏種」こそが「南無妙法蓮華経」である。というのが蓮祖の結論で、この「南無妙法蓮華経(本門の題目)」を成仏に導く唯一の行法であるとして、「本門の一念三千」と仰せられているのではないでしょうか。

「詮ずる処は天台と伝教とは内には鑑み給ふといへども、一には時来らず、二には機なし、三には譲られ給はざる故なり。」(治病大小権実違目)

とあるように、「時」に約せば天台・伝教は像法に「迹門の一念三千」を流布させ、蓮祖は末法に「本門の一念三千」を流布させる。要するに役割が違うということではありませんでしょうか。
時機相応の行法ならば、「時」は違えど、共に成道するというのが蓮祖の考えだと思います。

そして、蓮祖の心には法華経神力品の次の文証が常にあったのではないでしょうか。

「爾時千世界。微塵等菩薩摩訶薩。從地涌出者。皆於佛前。一心合掌。瞻仰尊顏。而白佛言。世尊我等。於佛滅後。世尊分身。所在國土。滅度之處。當廣説此經。所以者何。我等亦自。欲得是眞淨大法。受持讀誦。解説書寫。而供養之。(爾の時に千世界微塵等の菩薩摩訶薩の地より涌出せる者、皆仏前に於て一心に合掌して尊顔を瞻仰して、仏に白して言さく、世尊我等仏の滅後、世尊分身所在の国土・滅度の処に於て、当に広く此の経を説くべし。所以は何ん、我等も亦自ら是の真浄の大法を得て、受持・読誦し解説し・書写して之を供養せんと欲す)」(妙法蓮華經如來神力品第二十一)


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