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顕正会の実態を検証する

317愚鈍凡夫:2004/02/22(日) 18:14

>>316:ガンコさん、御返事有り難うございます。

ガンコさんの文章を読むと、何やら不幸自慢と法門の浅深の相関関係を論じられているようにも感じます。
一つ確認しておきたいと思いますが、蓮祖は経典は全て釈迦牟尼仏が説いたものと信じていたと思います。それ故に、全ての経典には整合性があると考えていたでしょう。だから、末法で正法を広めることは、未曾有の大難が降りかかると信じておられたのだと思います。

さて、
「止観に三障四魔と申すは権経を行ずる行人の障りにはあらず。今日蓮が時具さに起れり。又天台・伝教等の時の三障四魔よりも、いまひとしをまさりたり。一念三千の観法に二つあり。一には理、二には事なり。天台・伝教等の御時には理なり。今は事なり。観念すでに勝る故に、大難又色まさる。彼は迹門の一念三千、此れは本門の一念三千なり。天地はるかに殊なりことなりと、御臨終の御時は御心へ有るべく候。」(治病大小権実違目)

の答えは、同じ「治病大小権実違目」にこうあります。

「詮ずる処は天台と伝教とは内には鑑み給ふといへども、一には時来らず、二には機なし、三には譲られ給はざる故なり。今末法に入りぬ。地涌出現して弘通有るべき事なり。今末法に入て本門のひろまらせ給ふべきには、小乗・権大乗・迹門の人人、設ひ科なくとも彼れ彼れの法にては験有るべからず。」(治病大小権実違目)

要するに、「法華経の題目(本門の題目)」を末法に於いて弘通するのが地涌の菩薩であり、末法ではこれ以外に成道の法はないというのが蓮祖の主張であるということではありませんか。

「真実に円の行に順じて常に口ずさみにすべき事は南無妙法蓮華経なり。心に存ずべき事は一念三千の観法なり、これは智者の行解なり。日本国の在家の者には但一向に南無妙法蓮華経ととなえさすべし。」(十章抄)

との御指南、日蓮仏法に於いて重要かと思います。


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