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日蓮聖人の教えと日興上人による展開
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管理者
:2002/12/22(日) 09:38
615 名前: 犀角独歩 投稿日: 2002/12/19(木) 04:46
五月雨さんのご質問に戻ります。
日蓮の真意が見えなくなってきた一番の原因に、私は戒壇義の解釈の挿入があると思うわけです。
まるで日蓮があたかも戒壇を建てることを遺命したという嘘が延々と日蓮の真意を遠ざけてきたと私には思えます。真跡で見る限り、結局のところ、事戒壇より義戒壇、事戒壇より理戒壇のほうが日蓮の真意であるとしか見えません。
当時の状況からもそれは理解されます。
蓮祖の在世、日蓮集団には寺というものはなかったわけです。興師ですら、弘安元年まで四十九院の供奉僧であったし、その他の弟子たちも天台宗寺院に寄宿する学僧などであったわけです。この状況下、日蓮から下された漫荼羅を、その寄宿先で奉掲し、日蓮の教えに従って読経唱題をしていた姿が彷彿と想像されるわけです。
日蓮の教化の次第は、当初、唱題に始まり、漫荼羅図示直後の本尊抄では三法門は具足せず、題目と本尊が先行します。しかし、すぐにそこに戒壇義が付されていくのですが、これは天台宗寺院などで、漫荼羅を奉掲し、日蓮の行儀をなすその場所の意義を宣べる必然性が生まれ、戒壇義に発展したからではないのかと私は想像します。
つまり、いずこにあろうとも日蓮が授与した漫荼羅を奉掲する場所は戒壇であるという意義をもたらしていったのではないのかと言うことです。
蓮祖が、いわゆる理に対する事檀建立を標榜していたか、真跡で見る限り、その形跡は見られないように私には思えます。
まして、精師の時代からしか見られない戒壇之漫荼羅に係る義に対する事檀など、もはや、蓮祖になんら無縁の創作であるとしか思えません。
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