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つぶやきすれっど2

231sat:2003/01/09(木) 15:49

無徳さん:

>現代社会の欲望追及の原理に沿った様々なシステムを根本的に変革せざるを得ません。
>我々が目指すサンガの形成は仏教理念による欲望の制御と言う課題を果たし得るのではないかと考えています。

そうなれば大変素晴らしいことかと思います。西洋哲学一辺倒から来る限界やほころびが、仏教の有する可能性とか、新しい視点を導き出す序章になるということかもしれませんね。当たり前として身につけてしまった既成の概念や思考から抜け出すことは困難を極めますが、本掲示板に集う人々によって、その萌芽が見出されることを期待しています。

>「その中で考えつくことは、リゾームから学ぶべきは『ゆらぎ』ではないかと」とのことは、もうちょっと具体的に語っていただきたく思います。

特に難しいことを考えた訳ではありません。リゾームを主軸とする主張を読ませて頂いた時、無徳さんの記された「同一性」の原理とも関連しますが・・組織のもつ「凝集性」とか、「ゆらぎ」という言葉がふと心に思い浮かんだという程度に過ぎません。

「凝集性」という言葉は集団構成員に対して、集団内に留まるよう働きかける全ての「合成力」を意味する時に使われ、また、凝集性を高める条件(魅力)として、①集団内の威信、②集団内で重視される人への魅力、③集団内の協力関係、④集団内の協同関係、⑤集団内の相互作用、⑥集団構成員の類似性、⑦集団の社会的位置、⑧他集団への攻撃といった点が挙げられているようです。

問題とすべきは凝集性に潜む「組織外に敵を作る」こと・・「所属外集団」に対して憎しみを抱くこと・・所属集団が完全無欠のユートピアであるために、誤謬を指摘するものに対して非難し抹殺しようとすること・・であろうかと思います。

集団が事実の上において失敗し誤謬を認めざるを得ない状況に陥り始めた時、損なわれた凝集性を取り戻そうとして、その傾向は益々強くなり、集団構成員の「ゆらぎ」そのものをノイズであり罪悪であると意識づけ、忌避させ、排除させ、所属集団のもつ欠陥を容易に、無自覚に、何らの痛みも感じることもなく看過させるという・・こういった「凝集性を強化する最善の方法」が、所属集団内の整然たる秩序、完全なる秩序を強制希求させ、カルト化への一端とつながっていくのかもしれません。

「ゆらぎ」といえば、半導体や発光ダイオード・発振子のノイズ理論から導き出され、家電製品から景観デザインにまで幅広く応用されている「1/fゆらぎ理論」というのがあるかと思います。森羅万象はすべて1/f0--1/f1--1/f2の数式で表現できるとされ、1/f0(カオス)と1/f2(秩序)との中間に1/f1(変調:ゆらぎ)が自然界に普遍的に存在するとのこと。地球の自転、季節の移り変わり、羊水中から聞く母親の心音、電車のゆれ、音楽・・規則性の中にある不規則性としての僅かな変調が快い気分をもたらすのであり、その変調はノイズではなくゆらぎなのだと・・

単純系から複雑系へ向かっている今・・或いは既存パラダイムからの差異化によって組織構造の意味そのものを問い直そうとしている本掲示板のようなサイトが出現している今・・この規則性の中にある不規則性、意外性、期待性が大事なのではないかと感じる次第です。ゆらぎは偶然のノイズであるというよりは、安定性を見いだそうとして選択した行動であり、差異化と自省作用の結果と考えれば、リゾームとあながち無縁ではないような気がしました。

中心もなく、位階序列もなく、主体と客体の区別もなく、秩序とカオスの区別もない多様体、或いは個の全体に対する従属を転倒させ、秩序や均衡の発想を脱構築しようとするリゾームには「ゆらぎ」があるのではないでしょうか。

構造機能主義的世界から、差異のダイナミックスへと向かう非決定論的視座への転換がリゾームであり、インターネットの持つ世界観が平等性・公開性・自律性といった自立分散型であるとするならば、リゾームとネットワークがコンデンスするような自己組織化が起きる可能性は充分考えられることですし、新たな宗教共同性の成長過程にも、求心力にも、遠心力にもなっていくかもしれないという期待感はあります。


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