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つぶやきすれっど2

2039犀角独歩:2006/05/12(金) 09:38:47

―2038からつづく―

またもし、日目の意志に「国諫」という意志があったのであれば、日蓮のように流罪・死罪に及ばないのかは不思議である。それはつまり、「国諫」と称される申状を上申する行為が、言うほどの諫めを目的としたものではないから、もしくは、相手にされなかったかのどちらかということになる。であれば、問答が巧みであることにならないし、仮に問答が巧みであっても意味をなさないというのが、先のわたしの記したことです。日目が問答が巧みであったことが国諫に何か役立ちましたか。是四

> 二度流難三度の高名

これが日目とどのような関係があるのでしょうか。日目の事跡であると勘違いしているのでしょうか。日蓮の伊東、佐渡の二度の流罪のことでしょう。三度の高名とは『撰時抄』の以下の文章を指すのでしょう。長いですが、コピペします。

「余に三度のかうみやう(高名)あり。一には、去し文応元年〈太歳庚申〉七月十六日に立正安国論を最明寺殿に奏したてまつりし時、宿谷の入道に向て云く、禅宗と念仏宗とを失ひ給ふべしと申させ給へ。この事を御用ひなきならば、この一門より事をこりて、他国にせめられさせ給ふべし。二には、去し文永八年九月十二日申の時に平左衛門尉に向て云く、日蓮は日本国の棟梁なり。予を失ふは日本国の柱橦を倒すなり。只今に自界反逆難とてどしうちして、他国侵逼難とてこの国の人々他国に打殺さるるのみならず、多くいけどりにせらるべし。建長寺・寿福寺・極楽寺・大仏・長楽寺等の一切の念仏者・禅僧等が寺塔をばやきはらいて、彼等が頸をゆひのはまにて切らずば、日本国必ずほろぶべしと申し候ひ了んぬ。第三には、去年〈文永十一年〉四月八日、左衛門尉に語つて云く、王地に生れたれば身をば随へられたてまつるやうなりとも、心をば随へられたてまつるべからず。念仏の無間獄・禅の天魔の所為なる事は疑なし。殊に真言宗がこの国土の大なるわざわひにては候なり。大蒙古を調伏せん事、真言師には仰せ付けらるべからず。もし大事を真言師調伏するならば、いよ球究いそいでこの国ほろぶべしと申せしかば、頼綱問うて云く、いつごろかよせ候べき。日蓮言く、経文にはいつとはみへ候はねども、天の御けしきいかりすくなからず、きうに見へて候。よも今年はすごし候はじと語りたりき。この三つの大事は、日蓮が申したるにはあらず。ただ偏に釈迦如来の御神我が身に入りかわせ給ひけるにや。我が身ながらも悦び身にあまる。法華経の一念三千と申す大事の法門はこれなり。経に云く、「所謂諸法如是相」と申すは何事ぞ。十如是の始の相如是が第一の大事にて候へば、仏は世にいでさせ給ふ。「智人は起をしる、蛇はみづから蛇をしる」とはこれなり。衆流あつまりて大海となる。微塵つもりて須弥山となれり。日蓮が法華経を信じ始しは、日本国には一稀一微塵のごとし。法華経を二人・三人・十人・百千万億人唱え伝うるほどならば、妙覚の須弥山ともなり、大涅槃の大海ともなるべし。仏になる道はこれよりほかにまたもとむる事なかれ」

その迫力といい、身に法難を呼び起こした実際といい、まさに国諫というに、相応しい内容です。日目の定型文とは、比較になりません。

> 問答…簡潔、痛烈な一矢でいいのではと思います

先に記したとおり、そのようなものでは、何の役にも立ちません。

以上、あなたが個人的に日目を崇拝するのはけっこうですが、ここでの議論は、実際の証拠を挙げて、事実を追求することに目的があります。日目崇拝の押し売りはなじみません。押し売りでないというのであれば、上述したわたしの記述を拾い読みしたり、一部をつまみ出して反論するのではなく、事実証拠を付して、一々に議論に臨むことが望まれます。


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