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創価学会法華講正信会顕正会妙観講等はカルトっぽいか
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:
いちりん
:2002/10/04(金) 10:52
だから、現象面をとらえて、それが功徳だとか、罰だとか、幸福だとか、不幸ということは、いえない。それは、わたしたちには、わからないことだとおもいます。
わたしたちは、人をみて「裁こうとする心」「価値があるとかないかと判断する心」が、出てきます。
「それみたことか」「だから、あの人はああなんだ」「ああやっぱりね」と言いたくなります。言わなくても、心に思いますね。
とくに、正しい信仰などという思いが強いと、あれやこれに対して、いろいろ文句を付けたくなってきます。なにしろ、自分が正しいから、自分たちは正しいから、間違っている人たちは許せないわけです。
そういう心が、こんどは、自分に対しても、裁きを行うわけですよね。
わたしはだめだ、わたしは足りない、わたしはいけない、と。
それで、「あるがまま」の自分ではいられなくて、いつも何かにせかされて、落ち着きがなくて、イライラしてしまう。そういうことが、まあ幸福とはいえないですよね。いるがままに、くつろげないのだから。
ある意味で、自分が正しいという思いを抱いたら、人生は、なかなかうまくいかないんじゃないかなあと思いますね。とくに「自分たちしか正しいものはない」「自分たちしか救われない」「この信仰でしか救われない」という思いを抱くと、それは、まったくうまくいかない。
だって、世の中は、自分が正しいと思うように、他の人も、自分が正しいと思っているわけだから。
自分は、これを正しいと思っているけど、だも他の人は、そうじゃないかもしれない。人それぞれで、いいんだなあ。
だからいちいち他を見て、間違っているとか、違うとかいって、怒って心を不穏にするよりも、人のことは構わないで、自分は自分の心を磨いていけばいい。自分が成長すれば、それでいんだから。
まずは、そういうことが、大きな前提だと思いますよね。
他人の過失をいちいちみるな。ただ自分のしたこととしなかったことだけを見なさい。大切なことは、心を浄めることだよ。そのように、お釈迦さまは言いました。
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