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創価学会法華講正信会顕正会妙観講等はカルトっぽいか

62いちりん:2002/10/04(金) 10:34

わたしは「功徳」とか「罰」とかって、なかなか一概には、いえないなあと思っています。

病気が治ること、大学に受かること、出世すること、家が建つことが、功徳であり幸せなのかなあと。
病気になること、死ぬこと、大学に落ちること、会社をクビになること、家が火事になること、それが罰であり不幸なのかなあと。

このあたりは、現象面で見たら、わたしたちの眼で見たら、それはわからないですよね。

病気になって、なおらなくても、そのまま幸せな人もいるし、健康になって不幸になることもあるし。大教団の会長になって、何千万人も信者がいて生き仏のように尊敬され、全世界から勲章や名誉をもらい、毎日、自分のことを誉める機関紙が何百万部も発行されていても、その人の人相やことばとか見てたら、ちっとも幸せそうじゃないなあと思ったり。

まあ、日蓮さんなどは、現象面で言えば、罰であり不幸ですよね。
生涯、流浪の身ですね。さだった住まいはない。そして、いつも貧しくて不自由している。
最後は、長期の下痢になって、いつもお腹が痛くて、いつもぴーぴーしている。常陸の湯で養生しようとして旅をしたら、辿り着けなくて、途中で死んでしまう。
そして、弟子たちは互いに反目して、分裂してしまう。

さらに、何百年後には、自分を信仰する大教団ができたけれども、みんな自分を本仏だとか勝手に崇めてしまったり、勝手に板曼荼羅などをこしらえて拝んだりして、本意を理解しない。そして、おなじ信仰をする人たちが、毎日のように、いがみあい罵り合い、憎しみあっている。
こうしたことをみれば、日蓮さんて人は、すごく不幸な人だといえるわけです。

まあ、いえることは、日蓮さんが幸福であったか、不幸であったか、それは本人にしかわからない。わたしたちには、わからない。


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