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創価学会法華講正信会顕正会妙観講等はカルトっぽいか

49犀角独歩:2002/10/03(木) 11:09

48 アネモネさん:

> 信徒は、潜在的に精神不安

これはグループが用意した強迫観念ですよね。
「やれば功徳、やらなければ罰」「やれば浄土、やらなければ地獄」この罰功徳論・浄土地獄論に脅迫されているわけですよね。

「恐怖症は人々から選択の自由を奪ってしまう」

「カルトの恐怖症も人々の選択の自由を奪う。メンバーは、グループの安全圏を離れると自分は破滅してしまうのだと本気で信じる。自分が…成長する道はほかにないと考える。このマインド・コントロールの手法によって、彼らは事実上奴隷にされてしまっているのである」

「破壊的カルトは、メンバーがそもそもグループをやめること自体を怖がるように、恐怖症を心に植えつける。こうすることで彼らは、自由な選択の扉を閉ざしてしまう。人々は破壊的カルトに入る自由はもっていたのだが、やめる自由はない。実際、破壊的カルトの目には、だれかがそのグループをやめる『正当な』理由など存在しない」

今回の30万登山を煽った人々は

「私は、(略)教え込みの修練会でつくられた『幻想』に、身を捧げていたのだ。私はメシア、つまり戦争と飢餓と堕落を終わらせ、地上天国を打ち立てることのできる人物に従っているつもりだった。こういう崇高な目的のために、自分を犠牲にしてもかまわなかった。一人のメンバーとして、私は人々に愛と真理の究極的基準を教えているのだ−−そして模範的な生活をしているのだ、と思っていた。ところが恐ろしいことに、私は神の名において自分の誠実さをだめにしていたのだと気づいた。自分が組織の中で上昇して(略)私はますます憑かれた人間になっていった。権力がほとんど中毒になっていて、選択するときには、道徳的に正しいことより、自分の権力を守り増大させることを基準としはじめていた」

これを石山僧俗に置き換えれば、

「私は、(略)御講・会合でつくられた『幻想』に、身を捧げていたのだ。私は地涌の菩薩、つまり戦争と飢餓と堕落を終わらせ、仏国土を打ち立てることのできる人物に従っているつもりだった。こういう崇高な目的のために、自分を犠牲にしてもかまわなかった。一人の信徒として、私は人々に慈悲と真理の究極的基準を教えているのだ−−そして模範的な生活をしているのだ、と思っていた。ところが恐ろしいことに、私は仏の名において自分の誠実さをだめにしていたのだと気づいた。自分が組織の中で上昇して(略)私はますます憑かれた人間になっていった。権力がほとんど中毒になっていて、選択するときには、道徳的に正しいことより、自分の権力を守り増大させることを基準としはじめていた」

しかも、その選択肢はグループが用意するのだけれど、メンバーは必ず、自分で選択したと思い込むようにも仕組まれているわけですね。

「マインドコントロールは、露骨な物理的虐待は、ほとんど、あるいはまったくともなわない。そのかわり催眠作用が、グループ・ダイナミックス(集団力学)と結合して、強力な植え込み効果をつくりだす。本人は、直接おどされるのではないが、だまされ、操作されて、決められたとおりに選択をしてしまう」

どうして、かくも大石寺系グループ・メンバーは、統一協会を批判したはずの『マインド・コントロールの恐怖』の指摘に、かくも当て嵌まってしまうのでしょうか。


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