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創価学会法華講正信会顕正会妙観講等はカルトっぽいか
25
:
菊水護国
:2002/09/30(月) 18:40
あえて、今回は敬体を避け、論文調で書きますから非礼御容赦ください。
カルトとは悪であろうか。
カルトに、安心観を感じる人もいる。
カルトの定義は、確定して無いが、ある方の定義から「熱狂狂信的、原理主義」と言う文を引いて、顕正会の浅井会長は「我が顕正会は正当なるカルトである。カルトは誉め言葉である」と、開き直りのような論を展開したことがある。
さて、カルトの一つとして指導者の独善性があるが、それを求める会員もいる事も事実である。
まさに法の華のように「頭を取る」事で、思考せずに済み楽なのである。
昔、顕正会員で「頭は先生に任せてある。私は頭の手足となって働くことこそ楽しみである。頭だけでも体だけでも、組織は生きない。」と言った方がいた。
このような方が、今度は法華講に来ると別の頭を求める信仰を始める。
もちろん学会にいっても同じであろう。
自らの頭を働かせる事が苦痛なのである。
こういう人は、自ら好んで、カルトに入るのである。まさにカルト希望者である。
さて、そもそもどこかの宗がカルトか否かを、考える事自体がナンセンスなのである。
たとえ、正しき仏法であろうと、信じる人が求めてカルトを好むとき、そしてそれらが増えたときカルトになるのである。
カルトは絶対的カリスマと、思考停止を好んで求める集団の心が合致したときに誕生する。
その集団がカルトになるか否かは、集団員にかかっているといっても過言ではない。
「支配される側が、支配者を支配者たらしめている。」
「教祖に嵌る側が、教祖を教祖たらしめている」
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