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法華経について
167
:
一字三礼
:2008/04/23(水) 22:25:24
犀角独歩さん
仏教の歴史とは、最初期仏教から無上瑜伽タントラに至るまで、加上・加筆により展開した歴史です。
その一段階を切り出して‘創作’と呼ぶのは、学的に仏教史を表現しているとは思えません。
先に論証しましたように、最古の『八千頌般若経』(道行般若経)の思想的源泉は、部派の論書に求められます。
『法華経』も、その序品の書き出しが『八千頌般若経』とほぼ同文であることは、植木氏が論証しております。また、眉間からの光と妙光菩薩と求名菩薩の役割は、如来性起品の仏の口から出る光りと普賢菩薩と文殊菩薩の関係に酷似しております。
また、方便品では、『初転法輪経』との類似が指摘され、比丘偈の表現は『譬喩経』に求められます。
化城喩・長者窮子喩・三車火宅喩などは百喩経・大荘厳論経・修行道地経に、その類似をみます。
提婆達多品は、大乗十法経との関係を論ぜられ、無尽意菩薩は大集経の一部との関係を、普賢菩薩は、‘普賢の行’が華厳経との結び付きを指摘されています。
これらの研究の中には、私の意見としましては、まったく出鱈目なものもありますが、しかし、『法華経』の起源を探る研究は、真剣になされていることはわかります。
『法華経』などの一つの完成された思想が、突然、誰かの手によって‘創作’されるということは、思想史からみても、およそ考えられるものではありません。
そこに至るまでの歴史と思想的源泉と経緯とがあって、はじめて成立するものです。
‘大乗経典が創作された’という表現は、刺激的ではあっても、事実ではありません。仏教学で重要な思想的源泉を求める研究を無視したものであり、かつ、初学のものが聞けば、単純に理解し、仏教史に対する認識を誤らせることになるでしょう。
この‘創作’を使われる件でも、挙証をともなったご意見をお待ちします。
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