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日蓮聖人の本尊観
84
:
顕正居士
:2002/08/04(日) 15:14
本因妙思想
現時点さんの引く望月師の本因妙思想の批評であるが、本覚思想と本因妙思想
を対比する観点が未だ構想されなかったのでしょう。本覚思想はすでに明治に
島地大等が日本仏教のクライマックスと述べたが、人口への膾炙は田村芳朗の
以後であり、本因妙思想は富士宗学要集発刊以前には資料が少なかったから。
「全体、この本因妙の思想はよく考えて見るのに、本因妙ということだけでは
ほとんど意義がない。何のために一生懸命で言うのかわからない」
わたしは本覚思想を日蓮的にアレンジしたのが本因妙思想であるとおもう。
本覚思想は如来蔵とか仏性という仏の素(もと)が衆生にあって、大乗経には
荒唐無稽なおとぎ話が多いが、それは比喩として衆生の心にある本覚の仏を
示すのだと考える。中国人や日本人はインド人のように輪廻転生を信じない
から、三阿僧祗劫の成仏でなく、即身成仏かせいぜい来世成仏(極楽往生)を
いう必要がある。菩薩の位に52もあるのはおとぎ話である、6つくらいでいい。
と示した天台大師が観行即であるから、それ以上は架空、理即か名字即かの
問題になる。名字即は菩提心をはじめて発(おこ)す意味である。中古天台の
理即成仏に対して名字成仏を唱える本覚思想が本因妙思想といえ、教義の内容
はほぼ変わらないけれど、日蓮が名字成仏を体現した人であったと日蓮宗徒は
考えるのである。
*名字即は菩提心をはじめて発(おこ)す意味であるから、御義口伝にいうよう
に、日蓮に相対すれば、妙名を唱えるのみの弟子檀那は理即である。
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