したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

日蓮聖人の本尊観

76犀角独歩:2002/08/03(土) 19:06

川蝉さんのご説明も、もちろん、否定するものではありませんが、顕正居士さんに「寿量品の仏は元初仏か?というと、元初仏ではないとわたしはおもいます」と記していただくと、安心します。

もし聖人の「我等己心釈尊五百塵点乃至所顕三身無始古佛」の一節がなかったら、まったく素直に私も、そう考えます。もっとも聖人のこの一節があっても、法華経を通読する限りでは、やはり、五百塵点成道の仏で、それ以前の無数仏ありというほうが納得できます。

実は、この無始古仏は旧スレッドの「六巻抄」などで、けっこう話し合ったのですが、やはり、無始、有限で水を分けたいきさつがあります。今回は、さらに、いわゆる元初仏かどうか、つまり先仏がいたか否かという視点も加わることになりました。

川蝉さんが提示してくださった内薫自悟は説明として、わかるのですが、どうも、私はこれをもってくると逆になってしまう気がするわけです。

というのは過去に遡っていって、ついに一番最初に突き当たると言うことでは始めが有ることになり、無始の説明原理にならないと思えるからです。

結局、「我等己心釈尊五百塵点乃至所顕三身無始古佛」の古典的な訓読は違うのではないのかと疑うことにより整合性を考えたのが前回のことでした。

「我等が己心の釈尊は五百塵点にして、乃至、三身を顕わす所は無始古仏也」

ではないのかと考えたわけです。

つまり五百塵点の成道は有限であるけれど、今度はその仏を三身というところから見れば法身の要素が加わるから無始と見ていくことになるのではないのかということです。

それでは結局、無始の仏ということだろうと言われそうですが、寿量釈尊と、三身無始は観点が違うように見えるわけです。

元来、法華経は私は三身説に拠っていないと私には見えます。その意味では「我等己心釈尊五百塵」は、すんなりそのとおりであると思います。しかし、天台に拠る聖人は、当然、三身をもって捌くでしょうから「所顕三身無始古佛」という観点が加えざるを得ないことになるように思えます。しかし、単純に法華経だけに拠れば、この後半は、やはり疑義とならざるを得ません。

もちろん、これと先仏の有無は問題が別と言えます。

なお、もう一点、この無始にも関連しますが、私は父子一体、仏菩薩一体的な展開は、法華経の原文そのものからは、どうも馴染めません。

釈尊と上行は実は同一であるという考え方です。この考えが延長されれば、上行と目される日蓮は釈尊と言うことになり、これでは寛師の日蓮本仏論と変わらないことになってしまいます。

『寛記雑々事』に「蓮祖は即ち是れ釈尊の事」という短文が伝わります。

撰時抄下卅に云く、此の三の大事は日蓮が申したるには非ず。只偏に釈迦如来の御神の我身に入り替らせ給ひけるにや。我が身ながらも悦び身にあまる。法花経の一念三千と申す大事の法門は是れなり。
乙御前抄十四廿に云く、鳩摩羅えん三蔵と申せし人は、木像の釈迦を負はせ給ひて候ひしぞかし。日蓮が頭には、大覚世尊かはらせ給ひぬ。昔と今と一同なり文。寺泊抄十七九に云く、過去の不軽品は今の勧持品、今の勧持品は未来の不軽品なるべし。其の時は日蓮は不軽菩薩となるべし文。佐渡御抄十七廿五に云く、日蓮は過去の不軽の如く、当世の諸人は彼の軽毀の四衆の如し。人は替れども同じく是れ一なり。父母を殺すは人異なれども同じく無間地獄に落つ。いかなれば不軽の因を行ずる日蓮一人釈迦仏とならざるべき、又彼の諸人は跋陀婆羅等と云はれざらんや文。経に云く、不軽菩薩豈異人ならんや。我身是なり。同地獄抄十九四十三に一代の肝心○不軽品にて候なり。不軽菩薩の人を敬ひしは何なる事ぞ。教主釈尊の出世の本懐、人の振舞にて候ひけるぞ文。釈尊出世の本懐は事の一念三千なり、故に人の振舞と云ふなり。

どうもここら辺になってくると、単純に法華経だけを読んで原意を見る視点からは、案外、興門と他門と紙一重まで近づくという印象を懐くわけです。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板