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日蓮聖人の本尊観

7管理者:2002/07/30(火) 19:40

68 名前: ドプチェク 投稿日: 2002/07/21(日) 03:47

犀角独歩さん

少し遅くなってしまいましたが、レス、ありがとうございました。
私のような者には、正直、大変難しいお話でございますので、あまり深く理解していないのですけれども・・・(^^;)

まぁ、私自身について申しますなら、知識不足でありながらも、5年位前から自分なりに色々と考えるようになったのです。
私は、創価学会に所属している者なのですが、先ず最初に漠然と疑問を持つようになったのは、宗門と学会の決裂以降、それまで知らなかった(実は知らされていなかった)様々な真実というものに接するようになった事がきっかけとなりました。それまで信じて来た(信じ込まされて来た)多くの事が、実は単なる神話の類でしかなかったりとか。
そして、何よりも私の中で徐々に疑念を生じさせて行った事は、学会が現実に行っている、その甚だしく矛盾した言動の数々なのでした。ご承知のように、宗創対立以降の学会による宗門への批判・攻撃の類は、あまりにも常軌を逸していて、もはや異常としか言いようがなく、彼らのやっている事を見ていると、これが本当に仏教徒・信仰者としての姿なのであろうか?と・・・

そういった微かな疑念を抱き続けていた折、7年前のオウム真理教事件が発端で、世間一般においてマインドコントロールに関する事が頻繁に論じられるようになってから、それまで自身の心の奥底に長年沈殿していたものに、考えを巡らせるようになったのです。そして、その気持ちはますます高まって行き、何かが間違っていると思わざるを得なくなってしまったのでした。その事をかなり深刻に考えていたのが、5年前の春頃でしたね。あの頃の私は、学会の現状にすっかり愛想を尽かしていましたし(正直、馬鹿馬鹿しいという気持ちでした)、かと言って、宗門に関しての悪評をずいぶんと聞かされていましたし(学会の情報が全て正しいなどとは思っていませんが、ただ、一般のマスコミも同様の報道をしていた事がありましたので)、自分はこれから先、いったいどうすればいいのか?と・・・

その頃からでしたね。それまで日蓮仏法に関する書籍と言えば、学会系のものしか読むことなどなかった私が、一般の日蓮関係の書籍に接するようになったのは。
そして、その時期、私が書店でたまたま目にして、かなりの衝撃を受けたのは、多分、ご存知であろうかと思われますけれども、「凡夫本仏論」を主張した松戸行雄氏(元東洋哲学研究所欧州研究部長)の著書なのでした。それまで長年に渡り信じて来た正宗教義である、「日蓮久遠本仏論」を真っ向から否定する松戸氏の主張。あれには、正直、ずいぶんと驚かされましたね。私ごときの者には難し過ぎる内容でございますから、氏の考えがはたして的を射ているのかどうかにつきましては、よくわかりませんが、しかし、あの書に接した事によって、自分の中で、一種のコペルニクス的転換のようなものをもたらしたとでも申しましょうか・・・
最初は、すごくショックな事でありましたけれども、時間が経つにつれ、それまで私自身が頑なに信じていた(実際には、ただの盲信に過ぎませんでしたが)ものが、心の中で徐々に崩れて行きながら、それに代って新しい何かが生じ始めていたのでした。
それ以降、日蓮正宗の教義的な事であるとか、歴史、伝承というような様々な事柄を、自分なりに考えるようになって行ったわけなのです。また、最近は、他の日蓮系宗派・教団等に関しての事にも、関心を抱くようになっています。

お話をして行けば、まだまだ長くなりそうですし、取り敢えず、今日のところは、一応、このあたりにさせていただく事に致します。
大変拙い内容の独り言で、すいませんでした(^^;)。
ただでさえ書き込みが遅い私でありますのに持って来て、ここ最近、何やかんやで書き込みが出来ない事もございますので、その点につきましては、何卒ご了承下さいませ。
それでは、これにて失礼させていただきます。


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