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日蓮聖人の本尊観

47犀角独歩:2002/08/01(木) 14:39

川蝉さん:

解説有り難うございます。
考えの違いは大いにあるようです。致し方ない、仰るとおりでしょう。

「法」という言葉の使いように大きな差があることはわかりました。

なお、理教本迹を私が知らないと決めつけていますが、そうではありません。
私が申し上げたのは、この理を法、理法ということに違和感があると申し上げているのです。理法という語が聖人の使用がない、ないが使用していることは記されていますね。その川蝉さんの使用に出会したわけですから、違和感を懐いたということです。

川蝉さんには関係のないことですが、この「理法」という語は、実は創価学会のなかで多く散見できます。「生命の理法」とは池田さんのかつての口癖でした。まあ、そんなことからも、生理的不快感が伴うために、要らぬ違和感を提示することになったのかもしれません。

なお、一字三礼さんに宛てた結論は、そのとおりであろうと思います。
法仏不二の使用は、しかし、馴染めません。


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