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日蓮聖人の本尊観

27管理者:2002/07/30(火) 20:24

93 名前: 川蝉 投稿日: 2002/07/30(火) 15:50

90 : 一字三礼 さんへ。

「諸仏の師とする所は、いわゆる法なり」と涅槃経(巻第四・四相品第七の上)にあります。
天台大師は
「十如、(十二)因縁・・等なり、是れ諸仏の師とする所」(玄義第二)
と、諸仏が師とする法とは、境妙としての真如実相のことであると云っています。

諸仏は実相の理に基づいて修行して智妙(仏智)を得て仏になったと云うことです。
実相がなければ仏は生じないのと云う事ですね。この関係を「法は能生、仏は所生」と云うのでしょう。

菩薩が先仏の教えによって仏に成った場合は、直接に境妙としての真如実相に基づいて妙智を得たのとは、すこし違いがありますが、この関係も「法は能生、仏は所生」と云えます。

また「至理玄微にして、智に非らずんば顕わるることなし」(玄義巻第三)とありまして、仏は実相を悟り、教法を説くのですから「仏は能覚、法は所覚」とも「仏は能説、法は所説」という関係もあります。

このように、法と仏の勝劣(能所)は視点の置き方で変わるので、確定的には勝劣(能所)は断定できないものです。

仏の妙智は実相を内容とします。「境妙なるを以ての故に、智もまた随って妙なり」(玄義巻第二)と云う所です。
ゆえに仏の妙智(証悟)と実相(法)とは同じなので「法仏不二」と云うのです。
また、妙法蓮華経と云う証悟・教法は、仏の実質的な内容なので、「法仏不二」と云えます。

「三身即一」の仏の妙智(仏智)も境智冥合の証悟です。妙法蓮華の境妙を証悟した妙法蓮華と云う妙智です。
その妙智を説くのが教法としての妙法蓮華経です。
ゆえに、「三身即一」の仏の妙智(仏)と教法(法)とは「法仏不二」という関係と云うことになります。

「法の裏は仏、仏の裏は法」と考えて、法を面としていても内実は仏であり、仏を面にしている場合でも内実は法であるとします。

「法華経の題目を以て本尊とすべし。」
の題目は、単なる理法でも無く、久遠本仏の覚法・本門の肝心・神力別付の要法であって、「法の裏は仏」と云う面が裏に有ると見るわけです。

本尊抄で「その本尊の為体・・」と大曼荼羅の様式を述べる文段の結びに
「此等の仏をば正像に造り画けども、未だ寿量の仏ましまさず。末法に来入して、始めて此の仏像出現せしむ可きか。」
とあり、同抄の終わり部分にも
「此の時地涌千界出現して、本門の釈尊の脇士と為りて、一閻浮提第一の本尊を此の国に立つべし。」
とあり、仏本尊の形を示しています。

大曼荼羅本尊も、その内容・実質は本門の釈尊であるから、このように示しているのでしょう。
(続く)


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