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日蓮聖人の本尊観

25管理者:2002/07/30(火) 20:22

91 名前: 犀角独歩 投稿日: 2002/07/30(火) 11:53


川蝉さん:

> 「諸法実相抄」は、「釈尊は本仏に非らず、法性真如としての妙法蓮華経のほうが本仏だ。凡夫の方が本仏だ」などと云う主張する根拠にはならない御書と思います

ということは、日蓮宗的に読んだ“先哲”の解釈に基づき、「重要御書の義に背かないように解釈して見せるのも、役に立つ」ということですが、それによって実際の意味するところと違う解釈になってしまうのではないでしょうか。

もちろん、仰るように日蓮宗的に読めば、そうなるのはわからなくもありませんが、それなら、いっそ凡夫本仏論で解釈したほうが原意に添っているのではないでしょうか。

同抄の

凡夫は体の三身にして本仏ぞかし。仏は用の三身にして迹仏なり

は、「凡夫は体の三身で本仏、仏は用の三身で迹仏」と記されているのですから、字句どおりということでしょう。それを「いや、これはそうじゃなくて、こういう風に考えれば日蓮宗の教義に合う」などとする解釈は、意味はなさない以上に、私には無意味に思えます。

結局のところ、諸法実相抄は本仏=体=凡夫=妙法蓮華経、迹仏=用=釈迦・他宝という真跡に見られない教義を展開していることを素直に認めれば、事足りることです。

また、後半部を挙げて、「釈尊久遠の弟子」という言葉があるから仏用迹仏を言うものではないというのは前半偽書挿入・後半真筆という先の指摘がぜんぜん生かされていないのではないでしょうか。

だいたい、川蝉さんが言う先哲というのは何宗のどなたのことを指しているのですか。
試みに原文を読んでみたいので発言者とその記述が載っている書をご紹介いただけませんか。


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