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日蓮聖人の本尊観

223犀角独歩:2008/09/27(土) 19:28:45

ここでの掲示板も、挙証義務を課してやってきたので、真蹟重視は当然のことなんですね。

ただ、「効果」という点で言うと、石山は相伝仏法という建前で「師の曰く深秘なり代々の聖人悉く日蓮なりと申す意なり」ということで、「御法主上人猊下」の言葉は、そのまま日蓮の言葉とするわけです。おまけに石山が偽書とするのは『垂迹法門』ほか何典かで、写本に関しては、自分たちの教学と合えば大いに活用という立場です。

まあ、わたしも『平成新修日蓮聖人遺文集』などを挙げて真蹟主義で貫いてきたわけですが、信者の蒙を啓くには、いま一つぱっとしません。「一番効果がある」という手応えを感じないわけです。

また、端的な例としては『百六箇抄』なんか後加された文書も、すべて日蓮の言ととらえるというのが石山流の訳です。そもそも『百六箇抄』は、後世の、それも尊門文章であるにもかかわらず、この扱いです。

しかし、実際に書き込む段階で、上古、それもに日興の文書とされるものを必ずしも考慮して後加していない。そのために多くの矛盾をはらんでくるというのが、つまり、れんさんがご提示くださった話です。そのために矛盾を突く一番効果があるのは、こうした資料だというのが、れんさんからわたしが受けて、書いたことです。

判読いただければと存じます。


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