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日蓮聖人の本尊観

216パンナコッタ:2008/09/19(金) 21:08:24
Horologiumさん、はじめまして。
ご紹介のブログの説は、特に変じゃないと思いますけど。

奇説と感じたのは、"興風ですら誤読しているというブログの主張"あたりでしょうか。
ならば興風のスタンスは各人の温度差はあるようですが、日蓮本仏論・戒壇板本尊からは
脱却していませんので(信者でなければ)仕方ない所でしょうか。
また門流勝劣意識(御書システム・1月コラム 産湯相承の大日蓮華山 参照)が根底にあるような
人もいますので、発表したことは学術的にすべて確証ありき、とは言い切れないでしょうね。
主観ですが該当部分の読みを興風は、本仏論ありきで意図的に"本門の釈尊を"とシステム上で提示して
そのままでいるみたいだなぁ。

ちなみに此処の読みを遡ると、
「かかる送仮名を確定したのは日寛の『本尊抄文段』であるが、しかしこのような読方は、保田の日要あたりによって
なされたのではなかろうかと思える。〜 ところでこの日要の資、日我の『観心本尊抄抜書』に 
 一、本門釈尊為 2脇士1    此文点異議有り 文点は一様に読んでも苦しからず。  とあることによって、
日我以前にかかる威儀があったことが知られる』と、執行師の指摘(創価学会批判 教理編)もあったところです。
室町末ぐらいにこの様な読みが一部でされて、漫茶羅本意の骨子に肉付けされていったのだと思われます。
日我は元亀の頃、蓮祖の花押に キリーク阿弥陀・ヘイ薬師・ハク釈迦、イー三面宝珠の意味付けをした筆法伝授や、産湯切紙を
相承した人ですから、注意しなければならないですね。


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