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日蓮聖人の本尊観
176
:
パンナコッタ
:2007/02/25(日) 01:11:37
有益な過去のやり取りを独歩さんが紹介して下さったので、この点は特に自分が
言うことはないですし、そちらをご覧になって下さい。
また、釈迦一代は未決としましたが、後代かなり人の手が加わったものと考えられます。
さて、独歩さんに期待されても困りますが、蓮祖の本尊観という事で真蹟遺文中を見てみると
"本尊"の記述は15編を数えますが、そのうちの諫暁八幡抄の
『我が弟子等の内、謗法の余慶有る者の思ひていわく、此の御房は八幡をかたきとすと云云。
これいまだ道理有りて法の成就せぬには、本尊をせむるという事を存知せざる者の思ひなり』
『此れを対治すべき氏神八幡大菩薩、彼等の大科を治せざるゆへに、日蓮、氏の神を諫暁するは道理に背くべしや。
尼倶律陀長者が樹神をいさむるに異ならず。蘇悉地経に云く「本尊を治罰すること鬼魅を治するが如し」等云云。
文の心は経文のごとく所願を成ぜんがために、数年が間、法を修行するに成就せざれば、本尊を或はしばり、
或は打ちなんどせよととかれて候。相応和尚の不動明王をしばりけるは此の経文を見たりけるか。此れは他事にはにるべからず』
この辺を見てみると、八幡の諫暁を本尊治罰と等閑視して正当性を主張していますね。
現在でも縛り地蔵は各地にありますし、選挙の片目ダルマも脅迫行為で成就させる形の一つでしょう。
しかし、富士系の信者が功徳が出ないからと言って"御本尊様"を縛ったりするでしょうか?
(半狂乱で唱題する人や、棄教して敵意を持って破壊行為をする人はいるでしょうけど)此処の所は、
唯一の礼拝対照として"本尊"を見る富士系信者と、蓮祖自身の温度差のある部分でしょう。
現存しない紙幅や遺文は結構あるので不明な点が多いとしか言いようがないのですが、
日眼女釈迦仏供養事や四条金吾釈迦仏供養事の存在は、当時の信徒のスタイルを伝えているものでしょう。
蓮祖自身が漫茶羅正意を信徒に押しつけたのではない証ですし、画一的ではなく人によっては
釈迦仏を建立出来る富のある人もいるけど、そうではなく唯題目だけを唱えている人もいる。
そんな人には法華経二十八品の要として、主題が"本尊にもなりうる漫茶羅"という位置づけだったのかもしれませんね。
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