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日蓮聖人の本尊観
113
:
犀角独歩
:2002/08/18(日) 16:51
112 問答名人さん:
> 三度相伝が先に存在…三位順師が『心底抄』に引用
これは私の文がまずかったかも知れません。
>> 朗門の相伝書は三度相伝に拠った三位順師の『心底抄』に拠って成立した
と記したのは、朗門の相伝書は三度相伝に拠り、三度相伝は三位順師の『心底抄』に拠って成立したというつもりで書いていました。
ですから、心底抄が先であると思います。また、心底抄が順師に拠るというより、仮託、つまり、順師作としたのではないかという意味です。もちろん、三度相伝が作者は誰であるかは別として、成立の順番は、心底抄が先であると思います。
順番としては (1)心底抄 (2)興門相伝 (3)朗門相伝の順番であるという意味です。
なお、心底抄と三度相伝では該当の箇所が以下のように移動があります。
心底)末法弘通の大御本尊
三度)末法弘通の大導師を歎ず御本尊
つまり、三度相伝では「大導師」の語を入れています。この点は執行師も指摘していました。ここに漫荼羅正意に、さらに本尊即大道師(日蓮聖人)という、より人法一体本尊義に近しい思想が転訛していることが窺われます。その意味からも三度相伝のほうが教学史的に見てもあとであろうと思えます。
ただ、該当の箇所の前に初度・二度もあります。故にそれぞれ別に成立したのではないのかと記したわけです。ですから、部分的には三度相伝のほうに、心底抄より先行する部分はあるかも知れないと想像しています。
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