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日蓮聖人の本尊観
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犀角独歩
:2002/08/17(土) 23:53
石山は尊称が好きですね。
私が法華講にいたとき「補任式を終えた教師は御尊師、在勤の僧侶は尊師と呼ぶように」なんて指導をされていました。
そのあとにオウム真理教の地下鉄サリン事件が起き、麻原彰晃を「尊師」と呼んでいたことを知り、笑うに笑えない気分になったものです。いまでもカルト問題に敏感な人であれば、(御)尊師=麻原彰晃=オウム真理教(アレフ)は連想的に思い出されるところ。
私の個人的な反省。在勤僧侶に「御尊師さま」と言ったら「尊師は尊称だから、されに敬称を重ねるのはおかしいと20代の僧侶に注意されたものでした(笑)
創価学会のときは「池田会長先生」なんて言っていました。なんでしょうね、御尊師さまやら、会長先生っていうのは(笑)
法華講員同士、創価学会員同士でも役職名で呼び合ったりするのが一般的ですね。あれは一般の人から見るとかなり気持ち悪いようです。
日蓮のことも「大聖人様」と呼ばないといけないような変な堅苦しいところがありますね。石山では、霑師は自分のことを「大石寺住職」と書いていたりするのに、いまでは「御法主上人猊下」、能化は「御尊能化」と呼ばないと罰当たりみたいなところがあります。学会では池田さんのことは「池田先生」、顕正会では浅井さんのことを「浅井先生」、まことに敬称が大好きですね、石山系グループはいずこも。まあ、権威的である証左なのであろうと思います。
でも、こういうのは縁もゆかりもない人から見ると、これだけでも奇妙な団体、カルト団体と映じるようです。つまり、最初に思い出すのはナチズムということ。広宣流布が、考えるだにも恐ろしい暗黒支配と映る所以はここら辺にありそうですね。
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