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配偶者がカルトに入ったらどうしますか
54
:
犀角独歩
:2002/07/02(火) 15:56
五月雨さん:
いちおう、誤解の無いように私も記しておきますね。
私がインカの例を紹介したのは、Challenger(この言葉を使いましょう)が「神の子である」という宗教めいた思想を喧伝するためではないのです。
精神が高度化された社会では、それまで排斥した人々、あるいは思想を受け入れるキャパを有するようになるという点を紹介したいがためでした。
極端な言い方をすれば、私の感覚の中には障害者も健常者もありません。しかし、Challengerを宗教というもっとも善意であるべき思想をもって差別する場合もあるでしょう。その場合には、インカのような事例を紹介することは大切であると考えています。
私は、仰るような障害者の方が住みやすい社会を作るという感覚もまた、一面の真理に過ぎないと思うのですよ。なぜならば、そのような社会は障害を持たない人にとって住みやすいとは限らないからです。ですから、すべての人が住みやすい社会を作るべきであると思っています。誤解を招きやすい表現ですが、障害者の生活が健常者の犠牲の上に成り立つような社会ではまだ不完全であると思います。
子どもの頃にこんなことがありました。近所に私より3歳年上の知能障害を持った男の子がいました。その子も私と同じ創価学会員でした。私は他の友人の反対を斥けて、そのこといつも遊んでいたのです。通常は、常に相手の親御さんが一緒で、そこで他の子どもたちと同じように接しているつもりでいました。
ある時、その男の子と2人きりになったのです。すると、その子が今までみたこともな険しい形相になったかと思うと、お膳の上に置かれていた南部鉄でできた重い灰皿を私の頭にめがけて投げつけました。怪我をした私の胸ぐらをつかみ、私の顔に唾を吐きつけました。相手は障害があるとはいえ、小学生の3歳の年齢差は体躯差に歴然としています。その時、そこのお母さんが帰ってきました。すぐに止めに入って、「いつも、この子はいじめられているから、自分より弱いと見做すと暴力をふるうことがあるの、ごめんなさい、ごめんなさい…」と、何度も私に謝ったのです。
私はその子に心から親切に接していたつもりでしたが、けれど、私の心には「何かが」欠けていたのだと思います。以来、40年の歳月が過ぎましたが、私は今でも、私に欠けている何かを探し続けています。
数年前のことですが、私はあるケースワーカーの方にお世話になったことがあります。お会いする前に、それこそ、何日間も何時間も電話で話し続け、本当に親身になって私の話を聞いてくれました。はじめてお会いしたのは電話ではじめて話してから何週間も経ってからのことでした。
ケースワーカー室にはじめてお会いしたとき、その方は、電動車イスに乗った、私よりも10歳も若い女性でした。私は、その時、眼から鱗が落ちるほど、驚いたのです。私の中に暗黙の内に「障害者は守るもの」という傲慢な心が福祉という名の下に潜んでいたことを実感したからです。その方は、私にとって、今でも大切な友人の一人です。
取り留めのないことを書いていますが、この障害という問題、実は、私も含めて、信仰者は後天的に重い心の障害を持っているのかも知れないと考えるところがあります。私は、その信仰の仕組みを、取り分け、仏教における差別という障害を取り除くために考えていきたいと思います。
私は重度心身障害児の施設に定期的に訪れるのですが、ここに入院する子どもたちの純粋な笑顔を見るとき、自分の中に欠けている何かをいつも実感するのです。そんなとき、私の精神は、まだまだ何の疑いもなく笑んでくれるあの子たちより、遙かに汚れ劣っていると痛感するのです。そんな思いで紹介したのがインカの話でした。
どこか、気に障るところがありましたら、お許しください。
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