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配偶者がカルトに入ったらどうしますか
49
:
五月雨
:2002/07/02(火) 12:48
つまけんさん はじめまして五月雨と申します。これまでのレスを拝見させて頂いて、つまけんさんのお優しさ、奥様、子供さんに対しての深い愛情に心打たれました。つまけんさんのようなご主人をお持ちの奥様は、本当にお幸せです。(羨ましい限りです。と言いつつ横の亭主見る・・・)
お子様が障害を持たれているとの事ですね。実は私も、私の子供も障害者です。障害者として子の立場、親の立場を経験しています。信仰の面では、二十数年前に学会に入りました。入信動機としては
やはり、自身の障害を悩んでの事でした。宿命転換出来る、その悪い足も治りますよと言われての入信でした。どうにかしたい一心で、言われるままに新聞啓蒙、選挙活動、学会活動に明け暮れて、その上に、入信後に生まれた子供が私と同じ病気でしたから、更に拍車がかかりました。信心第一にしていれば家庭も守られると信じ込まされ、何よりも活動優先の日々でした。学会を脱会して法華講に移っても同じです。新聞啓蒙と選挙活動の無い学会活動です。何か変とは入信当時から思っていましたが、疑ってはいけないという教義ですから、自分を騙し騙し今日まできてしまいました。カルト・洗脳・マインドコントロールについての議論が活発にされていますが、私には難しい定義はよく分かりません。けれど自分では全部にはまっていたと思います。現在はやっぱり変だと思ってお寺に行くのを辞めています。そして、やっと今自分の人生を取り戻し、自分の人生を生きています。そして二十数年ぶりに幸福感を味わっています。信心にのめり込んだ自分を振り返って見ると、アホちゃうかと一笑に付してしまいたい気分と、その時は真剣だったというそして、その真剣さを組織に利用されていたという腹立たしさに複雑な思いがしています。奥様も、お子さんの為に出来る事と真剣に考えられての行動かと思います。そのお気持ちは痛い程よく分かります。だけど、治す事だけが大切な事なのでしょうか。お子さんの障害の程度は分かりませんが、今は昔と違って良いリハビリもありますし、医学の発達もあるので障害を軽減する事は可能だと思われます。その上に信仰に頼って、治したいと思う気持ち。私もそうでした。ある日奇跡が起こると信じていました。でもその奇跡は起こりませんでした。奇跡を思う心の裏側に潜む障害者であることを否定する気持ち。嫌悪感です。今話題の“奇跡の詩人”のルナくんを思い出します。私はNHKの検証番組と彼の書いたものしか見ていませんが、自分の子供は障害者であって欲しくないというあの親の心の表れと見ました。五体満足の両親には、自身の子供が障害者である事の“受容”というのは中々大変な事だと思います。私も障害者でありながら大変でした。でも今息子を見ていると、精一杯自分の人生を楽しんで生きている。その尊さに気付かされるのです。障害があっても無くても自分自身の人生を、精一杯生きていく。人生を生きるということにその差別は無いのではないでしょうか。
つまけんさんも、奥様も子供さんの障害を否定をされているとは思いません。その上で子供さんの人生を一緒に楽しく過ごしていってあげてほしいなぁと思うのです。前述しましたように、私は障害者として子の立場、親の立場を経験していますが、大変なのは結局“子供”です。親の立場は楽です。手術して横たわる子を見て、可哀相にとは思っても痛いのは子供本人ですから。替わってやりたくても替われませんし。
まとまりの無い文章でゴメンナサイ。ともあれどんな境遇であれ生きていることは素晴らしいという人生を送りたいものですね。
また、池田センセーをお嫌いになられた奥様ですから遠くない将来に、現実に気付かれると思います。
障害児教育に取り組んでおられる小児科の先生のホームページです。何か参考になることがあるかも知れません。のぞいて見てください。
スギケンのホームページ
http://web.kamogawa.ne.jp/~sugimoto/index.htm
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