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配偶者がカルトに入ったらどうしますか
179
:
いちりん
:2002/08/04(日) 09:31
松野殿御返事には、こうありますね。
「若しは在家にてもあれ出家にてもあれ、法華経を持ち説く者を一言にても毀る事あらば其の罪多き事、釈迦仏を一劫の間直ちに毀り奉る罪には勝れたりと見へたり、或は「若実若不実」とも説かれたり、之れを以つて之れを思ふに忘れても法華経を持つ者をば互に毀るべからざるか、其故は法華経を持つ者は必ず皆仏なり仏を毀りては罪を得るなり」。
それが「相手が、在家であろうが坊さんであろうが」「それが、ほんとうであろうがなかろうが」一言でも謗ってはならないよ、と。「若実若不実」というのは、徹底していますね。
なぜなら、「法華経をたもつものは、みな仏なんだ。だから、仏を謗ることになるんだよ」というわけです。
ここで、問題となるのは、「法華経を持つ者をば互に毀るべからざるか」ですね。
つまり、相手が『法華経』をたもっていない(つまり他宗とか邪宗とか外道とか)、あるいは真実の『法華経』の道を歩んでいない(つまり同門でも、血脈を受けていないとか、謗法を犯しているとか)と、いうのであれば、罵っても構わないという真理になります。
で、それを決めるのは、こちらの尺度であったりしますね。あるいは、教団のリーダーの解釈に従ってしまう。
創価学会が日蓮正宗を罵っても平気なのは、相手が『法華経』を保つ者とみていないわけです。つまり、大謗法の輩・仏敵と思いこまされているわけです。だから、罵ったり攻撃することが、むしろ大聖人の意図である、功徳になるという思いがあるのでしょう。
そうして、いずこの宗教も、互いに「自分だけが正しい」「他は間違っている」という思いがあるから、「敵というレッテル」を貼れば、晴れやかに胸を張って、神仏のご意志であるというような顔をして、非人間的な行為でも行ってしまう。
「信仰深い人」にあっては、異教徒は、おんなじ人間じゃないのですね。
それは、悪魔であり、仏敵であり、謗法であり、それを責めることが「正しい」という真理になりやすいです。そうして、それを決めるのは、教団・宗団の指導者で、信徒は彼の言うことに、簡単になびいてしまう。
簡単にリーダーのことばになびいてしまうのは、常日頃から、「自分の頭」で考え、「自分の感性」でとらえるということが、否定されているからです。
そこが、宗教の怖さの一つでしょうね。
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