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配偶者がカルトに入ったらどうしますか
173
:
犀角独歩
:2002/08/03(土) 11:35
五月雨さん:
十四誹謗ですか。これは譬喩品の
きょう慢懈怠我見を計する者には 此の経を説くことなかれ
凡夫の浅識 深く五欲に著せるは
聞くとも解すること能わじ 亦為に説くことなかれ
若し人信ぜずして 此の経を毀謗せば
則ち一切世間の 仏種を断ぜん
或は復顰蹙して 疑惑を懐かん
汝当に 此の人の罪報を説くを聴くべし
若しは仏の在世 若しは滅度の後に
其れ 斯の如き経典を誹謗することあらん
経を読誦し書持すること あらん者を見て
軽賎憎嫉して 結恨を懐かん
を妙楽が法華文句記に釈したものです。
惡因十四。一きょう慢。二懈怠。三計我。四淺識。五著欲。六不解。七不信。八顰蹙。九疑惑。十誹謗。十一輕善。十二憎善。十三嫉善。十四恨善。
聖人の真跡には見られませんが、真偽未決、松野殿御返事、新池御書に見られます。
先に五月雨さん、アネモネさんが挙げた石山僧の発言は、新池御書の
此の経の十四謗法の中に、一も二もをか(犯)しぬれば其の罪消えがたし。所以は何(いかん)、一大三千界のあらゆる有情を殺したりとも、争(いか)でか一仏を殺す罪に及ばんや。法華の心に背きぬれば、十方の仏の命を失ふ罪なり。
の教条解釈と言えるでしょうね。
十四謗法(誹謗)は、もう一方の松野殿御返事には
此の十四誹謗は在家出家に亘(わた)るべし。
と記されています。何も寺院から離れたから十四謗法ということは言えないでしょう。
この十四、1のきょう慢は傲慢みたいな者、2の懈怠は怠け心。3の計我は自分勝手な考え。4の淺識は知識が浅い。5の著欲は欲望に支配される。6の不解は理解しないこと。7の不信は信じないこと。8の顰蹙は顔をしかめること。9の疑惑はそのままですね。10の誹謗はまあ謗法に似たり。11の輕善は善を軽んじること。12の憎善は善を憎みこと。13の嫉善は善いことをする人をねたむこと。14の恨善は善いことをする人を恨むこと。
この14は、根拠となる譬喩品の該当部分はともかくとして、一つひとつはもっともなことです。このようにならないように心がけることは大切であると思います。
しかし、感情を持ってはいけないなどということは、もちろん、ありませんでしょう。
コンピュータのプログラムから外すような発言ですね。
でも、五月雨さん、よーく当て嵌めて見てください。石山僧俗にも当て嵌まること、たくさんあるでしょう。在家出家に亘るべしです。(笑)
教条的にとらえないこと、そして、恐怖操作に引っかからないことです。
> 「人間は感情の動物」なのにそれには無理があると思うのは、仏法から外れていますか。
を関西弁で怒鳴ってみてください。それで正解です(笑)
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