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配偶者がカルトに入ったらどうしますか
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:
犀角独歩
:2002/08/02(金) 07:34
> ご本尊様を拝しても…大聖人様にだぶって…教主釈尊にならない
さらりと書かれていますが、重要な点だと思います。
本尊は人と法である、というのが理解の仕方であるといいます。
それで寛師教学では人は日蓮、法は大曼荼羅と、こう言います。
これに対して、他門では人は釈尊、法は大曼荼羅であると。
一見すると整理され、事実と映るように見えますが、私は違うと思っています。
曼荼羅に聖人を見るのは当然でしょう、なぜならば「日蓮在御判(花押)」と認められているからです。もっと言えば四菩薩も、その他の諸尊も認められています。その一切を観じるための曼荼羅であると私は考えます。以前に勧請について喧しい議論をしたのはそのためです。
本尊に人・法を立てることは、私には異論があります。本尊というのであれば、仏・法でしょう。
ここのところ取り沙汰されている本尊問答抄が真筆でなければ、法の本尊ということにも、実は異論があります。そもそも、見ることも、解すこともできない「法」をどうして、具象的な本尊とできるのかという疑問があるからです。これはまた「法とは(南無)妙法蓮華経である」という常套句についての疑問でもあります。私たちは仏の教法を通じても、実は法を観られないのではないのか、だから、仏への帰依があるのではないのかと私は考えるのです。
何度となく書いてきましたが、「仏所成就。第一希有。難解之法。唯仏与仏。乃能究尽。諸法実相。」という諸法の実相、天台はこれを観法として十界の十如と立てるのでしょうが、さらに寿量品を通じて仏の三世間も三千を言います。妙楽が一念三千と呼称したところです。しかし、天台はこの三千にすら執着してはいけない三千は三千だが、しかも三千ではないと不可思議境をいうのです。この境地の時、百法界も三千も超えてしまう。つまり、天台の説いたことは一念三千を超えたところにあると私は思うのです。
このことは南無妙法蓮華経にも言えるのではないでしょうか。聖人の言う妙法蓮華経は法華経の題目と言うけれど、実は経典の題号ではない、久遠に釈尊が悟った妙法のことである、だから、その妙法を直ちに唱えるのだという説明は私も一往の納得はできます。
けれど、これは理屈でわかっているだけです。しかし、お悟りの法を一言に妙法蓮華経と“言葉”として表されるものなのかという疑問はあります。また、そもそも久遠の妙法というけれど、それはどのようなものなのか、どのように法華経の題号と違うのか、ということは所詮、仏にあらずんば知ることのできないものであるのでしょう、また、言葉で表せるものでもないのでしょう。つまり、私たちが唱える題目は久遠の妙法だと思いながら、結局は法華経の題号に南無を冠し唱えることから一歩も出ていないのではないのかという思いが、私には常にあります。
もちろん、この点は聖人は充分に見抜かれています。故に
一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠(たま)を裹(つつ)み、末代幼稚の頚(くび)に懸(か)けさしめたまふ
しかも、ここで言う一念三千とは上述する如く不可思議境を指してのことであろうと私は拝察するわけです。
さらに重要な点は、聖人が立てる法門は、実は悟るためのものではなく、仏の悟りの功徳を譲り受けるところに力点があるのでしょう。
釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば自然(じねん)に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ
それ故、その意味を悟ることをしなくても南無妙法蓮華経と唱えることによって釈尊の因行果徳が自然譲与されるというのです。つまり、ここで自ずと釈尊の恩徳を有り難いと思う心、換言すれば仏本尊を釈尊と見る思いが生じるのでしょう。しかし、その仏本尊の果徳を譲り受けることを行とする故に、そこで口をついて出るのは、南無釈迦如来ではなく、南無妙法蓮華経なのでしょう。
しかし、これは人本尊、法本尊ということではないように私は思えます。
さらにこのことを教えてくれたのが日蓮であれば、そこに恭敬の念が生じるのは当然のことであり、我等を四菩薩が守護をしてくれるという以上、ここにも恭敬の念は生じるでしょう。その意味から聖人が終生、釈尊の一体仏を捧持され、さらに曼荼羅を示したことは至極自然な所作であったと思えます。さらに滅後、それらを教え示してくれた祖師を仰ぎ、像に刻み、手を合わせ、さらに今時、我等に果徳を譲る釈尊を像に刻み、さらに守護の四菩薩を像に刻んで、仏像本尊としていくことも、信仰心の表れとしては、ごく自然あろうと思うのです。
以上はしかし、経釈がどうという煩瑣な議論を望むものではありません。本来はツブヤキに記すべきであったかもしれません。
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