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配偶者がカルトに入ったらどうしますか
141
:
犀角独歩
:2002/08/01(木) 07:04
五月雨さん:
阪神淡路大震災後、私がその被災地に行ったのは遅れ遅れて1カ月ほど過ぎた頃でした。(アネモネさんが入信した頃?)
細かいところは忘れてしまいましたが、倒れた高速道路、倒れていない所も、しーんと静まりかえって、もちろん、1台の車も走っていない道が延々と続いている様を見て、焼けた住宅地を見るのとは違った緊張感があったことは、今でも覚えています。
私の祖母は関東大震災で1回、東京大空襲でもう1回、自分が住んでいる所が廃墟になった話をいつもしてくれていました。母の家には、その日、隣の方が台所に真っ青な顔をして飛び込んできて、「いま天にも届く大きな火柱が倒れるのを見た」、これは予知幻覚?であったようで、その時はまだ大空襲があることも知らなかったと言います。その日、本当に火の柱が倒れるような大惨事が起きました。母たちは、その幻覚に心の準備をし、火柱が倒れたという方向と逆に逃げて助かりました。近所に住んでいた父は、逃げ場を失い、隅田川(ご存じかもしれませんが浅草を流れる大きな川です)にかかった大きな橋の欄干によじ登って、そのてっぺんで一晩中、しがみついていて助かったと言います。
街全体が火の海となり、橋を渡って逃げようとしても人が一斉に押し寄せたために動きが止まっている所を火が走っていったと言います。川に飛び込んで火から逃れようとした人も多くいたけれど、あの数百メートルはあろうかという川幅の水面を、火が水の上を這い、人を焼き尽くし、窒息させたというのです。
私は子供の頃から何度も何度もその話を聞かされ、「怖い」と子供心におびえることはあっても、その実感は沸きませんでした。けれど、大震災で廃墟になったあの地を見たとき、祖母や両親が味わった大惨事の一端を見る思いがしました。もちろん1カ月の遅れは、ほとんど間が抜けたものでしたが。
阪神淡路大震災は平成7年のことでした。この年にオウム真理教地下鉄サリン事件も起きました。天災と人災が同じ年に起きたということになります。
大災害の時、人心は乱れたときに、善意の宗教従事者は黙々と救済支援にあたり、反面、カルトと目されるような団体は、このときとばかり、「罰だ。この世の終わりだ」と騒ぎ立て、さらに人心を不安定にして、人の不幸を布教のネタにするのでしょう。
阪神淡路大震災のこと、そして、その悲惨な出来事に乗じる悪徳布教の実態、ともに風化させてはいけませんね。
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