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世界の情報ボックス
204
:
犀角独歩
:2005/11/12(土) 20:06:33
202さん
>「戦争、軍隊のことを考えていないから、全仏教界が、不戦、憲法擁護、非暴力を採択して心身行動しているのだろうと」と、私が捉えているということでしょうか。
そうですか、という質問です。
これは、この投稿の文末とも関連します。
>>仏教集団は宗教法人として政教から分離されていますから、個人レベルに属することになります。
しかし、この国民レベルの総体が、不戦・非暴力から考えるのか・参戦暴力から考えるのかという時点で前者を採っているわけでしょう。
> これも意味がよくとれませんが。
軍隊運営は国家に属することであるが、政教分離の原則から宗教法人は民間にかかることである。これが一つ。この宗教法人、殊に仏教界は参戦・暴力を肯定したところではなく、不戦・非暴力から方法を考える。これが一つです。
>「侮蔑」というのは、どの記述を指しているのかわかりません
通りすがり、通りすがり2という二重ハンドル者のわたしに向けた言動をさしています。
> 戦争について、否定か肯定かという二択の質問はおかしいと思います。
賛成か反対の二択でしょう。
戦争について否定・肯定の二択は少しもおかしいと思いません。
不戦とは否定であるからです。
むしろ、、賛成か反対の二択であるというあなたの説明で、何のために否定・肯定を斥けるのか、その点で意味を成しているようには取れません。
> 人間は誰しも、戦争を引き起こしてしまう本能を持っているものだ、といえば、それは戦争を否定はしてない、やはり肯定しているということになる
本能で持っているから否定していないことにならないなどという理屈は成り立たないでしょう。
このような言い方が成り立つのであれば、人は本能的には殺人衝動を持っているから殺人を肯定しているということになります。しかし、実際は理性によって衝動を抑えることが、つまり殺人を「否定」するという択一をしているのではないですか。これは殺人に賛成する・反対するという議論ではなく、明らかに否定です。
> 戦争には反対する。反対なので、回避するためのことを考える。それが結論です。
このような結論は、別段、成り立ちます。
しかし、これは否定・肯定ではなく、賛成・反対二択によったわけではなく、そのどちらからでも導き出させる結論です。これを賛成・反対でしか導き出さないという理屈は成り立ちません。
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