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165藤川一郎:2005/11/05(土) 13:40:08
護ってやるよ思想(仮にそう呼びましょう)は封建時代の遺物なんですよね。
武家政権の時代がまさにそうでした。それを排除するために徴兵制を施行しました。全ての国民が徴兵により平等に国防を担う。さすれば一部特権階級の「護ってやるよ思想」が排除されるのです。しかし、軍である以上、指揮官が必要になる。それを要請するために士官学校を作った。すると今度は、士官学校出身キャリアが横行するようになり、これが同じ思想を持ち出した。これはある意味武士よりも性質(タチ)が悪い。武士は代々武士であったから良くも悪くも生まれたときから武士的な英才教育(洗脳?)を受けている。
しかし、士官学校には努力で誰でも入れた。ある意味出自も関係ない。そうするといわゆる成り上がり士官が跋扈しだす。
しかも大日本帝国憲法には重大な欠陥があった。これが「統帥権問題」である。戦前の日本の軍隊は天皇の統帥権の下にあって、内閣の下には無い。内閣を無視しても軍の意思が強行できる。何故なら内閣が軍隊をコントロールするシステムが存在しないのであるから。しかし本当に陛下が直接陣頭指揮をする訳にはいかない。ここに陸軍には天皇の名の下に「統帥部」海軍には「軍令部」が出来る。これらの長には士官学校出身のキャリアがついた。またその指揮からも外れる存在が出てくる。近衛師団である。この近衛師団はその名のごとく天皇の身辺を護る者たちであるから、自分らは大元帥(天皇陛下)直属の意識が出てくる。まるで徳川時代の旗本のような存在で「天皇の旗本気取り」である。
実は近衛師団ですら、天皇陛下にお会いする機会などほとんど無いのであるが、まるで見てきたかのような天皇談を語り、自分らを特権階級化していく。本来は陸軍大臣・参謀総長・統帥部長・近衛師団長に上下を付けるべきであるのに、これが平等に派閥化していく。
そして最後には本末転倒して天皇のご意思すら意のままにしようとする。これが宮城事件である。昭和20年8月14日翌日に終戦を迎えんとする日に陸軍及び近衛師団がクーデターを起こす。和平派の森近衛師団長を殺害し、偽に命令書を乱発し、それが発覚するや、宮中に乱入し、侍従長を脅し「終戦の詔勅」の録音板を奪って戦争継続を図った事件である。幸いにして徳川尾張分家の当主でもある徳川義寛侍従の脅しに屈せず、さらに録音板を2枚に分けるという機転で乗り切り、無事終戦を迎えるのであるが、天皇の名の下に結集した軍隊が、最後には天皇すら監禁しようとするという結末を迎えたのが大日本帝国陸軍の最後であった。
独歩さんの言うように軍には暴走の可能性がある。これを制止するシステムを同時に議論すべきなのは言うまでもありません。


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