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世界の情報ボックス
144
:
犀角独歩
:2005/11/04(金) 08:55:25
141 単己さん
> …非暴力…それをやり遂げた名もない人間の崇高さ
そうなんです。
結局、ここの部分に到達せざるを得ないわけです。
わたしは法華経について、種々論攷しながら、無謬神話については抗ってきました。しかし、この経典に描かれる菩薩の特徴が徹底した非暴力、不怒、そして、最後まで相手がいつしか菩薩道をし仏になろうと目覚める人になっていくことを信じた姿であることに、敬意を表します。つまり、法華菩薩信仰は、そのような人格の継承を意味するわけです。典型的な菩薩は、やはり、不軽菩薩ということになるでしょう。
隣国がちょっかいを出した、鉄砲ぶっ放して、やっつけてやれ。国を守る、軍備して攻めてくる奴を殺して何が悪い、そんなことは誰でも考えられる理屈です。たぶん、わたしが仏道を意識しなければ、その結論で済まして是としたでしょう。しかし、自分が法華の家に生まれて、虫一匹の殺生すら咎められて本日に至った精神的継承で、大きく不殺生が自戒として息づいています。
> 非武装・非暴力を実践する真の仏教徒t…選択をせざるをえない
「せざるを得ない」というより、もはや、自然なことになっているのではないでしょうか。
単己さんが記述されたインドの実写映像に類したものをわたしは観ました。
あの人々の表情は、奢るわけでもなく、興奮するわけでもなく、合掌礼をなしたままで足を前に進める人々もありました。そして、倒れます。後陣の人々も、騒ぐわけでもなく、嘆くわけでもなく、何の躊躇いもなく、前に進み出て、また、倒れていきます。
あれほど、静かな、穏やかな、死に臨んだ決意の表情は見たことはありません。あの倒れていった人も、その後陣の人々にも、恨みも怒りも看て取れませんでした。
この実写映像は、ガンジーが凶弾に倒れたあと、インドの独立を式典を映して終わっていました。なぜか、わたしは現代の法華経物語を見ていると自分のなかで認識していました。聖者・ガンジーは、精神となって、いまも人々の心に生きています。
> 池田さん立場…違和感は強く感じます
この違和感は、池田さんと創価・公明が、すくなくともこの時点で、法華経を紡がなかったことを意味するのではないでしょうか。
> 軍人や警官として多くの人命を救うために殺生…日本国民の代表…軍人や警官個人に委託する
わたしは、そう考えます。
自分は殺さなかった。しかし、この国と人命と財産を守るために代わりに殺人を犯した、また、殺された、他人事ではありません。各人の私事です。
ただ、実際の市民を巻き込んだ戦争は、こんなきれい事ではないでしょう。
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