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世界の情報ボックス

141単己:2005/11/03(木) 16:36:22
独歩さん、丁寧なレスありがとうございました。

>仏教に係る知識人でわたしが、ここまで主張するのかと驚かされたのは、東洋大学の西山茂師で、
>師は「丸腰非武装論」を提唱していました。

先に挙げられたガンジーやヴィクラマシラー寺など、史実を捜せばこのような例は大小たくさんありそうですね。

ある所でガンジーによって目覚めた人達が、イギリス軍の「この境界から入るな」という制止を無視し、銃口が並ぶ境界に向かって歩き始める。境界を越えた一列目の人達が次々と撃ち殺される。そして、次の列の子供から老人が手をつなぎ血に染まったその死体をまたいでまた、倒れていく。そしてまた、静かに前を見ながら次の列の人達が死体をまたいで歩いて来る。その姿を見て、最後にはイギリス兵が逃げ出した、というエピソードを知った時、非暴力というものの凄まじさ、それをやり遂げた名もない人間の崇高さに衝撃を受けました。

やはり、非武装・非暴力を実践する真の仏教徒であればこういう選択をせざるをえないのでしょうか。

>人を助けるためであったけれど、それでも自分は殺人を犯した,その罪を考えるのが仏教でしょう。

これは、仰るとおりですね。よく分かりました。

>そうではなく、9条があるから、60年の不戦が守られたと言っているわけです。
>無縁などとはまったく言っていません。

大変失礼しました。

>憲法9条擁護、戦争反対、武装反対は、創価学会全を除く日本仏教界の採択です。

改めて池田さんの「武力発言」を見ると、確かにこれが宗教者の言うことかと異様に感じます。
私は軍隊は必要であると思っていますから、政治家が同じ事を言っても普通のことを言っているなと、別段気にもとめないでしょうね。
ただ、池田さんの立場から「あんたが言う言葉では無いだろう」という違和感は強く感じます。

>しかし、それまでそうせざるを得なかった、懺悔滅罪を期するとするのかでは、違いがあります。

軍人や警官として多くの人命を救うために殺生をやむを得ずやった、ということは日本国民の代表として我々の安全を守るために殺生をその軍人や警官個人に委託するということになるのでしょうか。そうであれば、仏教的見地からみると英雄として称えることはできず、罪としてとらえることになります。その罪は軍隊のみならず、日本国民一人一人がその罪を背負い、懺悔滅罪するべきなんでしょうね。その軍人個人だけ苦しめばいいというのも不公平な話のように思えます。

>わたしの発想は、左翼的ではなく、仏教的な見地からのものです。

池田さんのように世論に迎合すれば抵抗は少ないから楽でしょうが。仏教的見地からの不戦・非暴力・非武装は相当の覚悟が必要ということですね。


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