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世界の情報ボックス

133犀角独歩:2005/11/02(水) 14:21:16

問答さん

何かロムの方の誤解を招くといけませんので、経緯を記します。

「軍隊=徴兵制」とは、わたしは言っておりません。これはわたしが「徴兵制’の復活が必須要項になる」と記したことを短絡的に記した通りすがりさん+通りすがり2さんが記したことです。ですから、わたしは、その言い方は短絡だと言ったのです。

ここでわたしが言わんとしたことは、「戦争という他殺の当事者になる」という前提で、議論がなされているのかに力点があります。
「徴兵制はない」という断言は、いまの憲法改正の流れではもっとも危険な短絡でしょう。
戦後、60年、日本は奇跡的な不戦を歴史に刻みました。それは軍隊がなかったからでしょう。
しかし、今後、軍隊ができ、この奇跡が崩れれば、いままでのような調子では行かない。戦争は特権階級にとって最大の浪費産業であり、これ以上に利益率の高い商売はありません。この商売において、より大きな戦争を可能にしていくためには、最終的には、徴兵制、部分的、志願的兵役であれ何にせよ、なさざるを得ない事態を招く、つまり、60年、不戦が当たり前であったことを支えた平和憲法が改正されれば、この60年の常識はもはや、通らないことになります。

最初の箍がいま外れようとしています。この段階で、甘い見通しを持って、事に望めば、かつての歴史を繰り返すことになります。
戦争ビジネスで消費されるものは、常に武器と人民です。

わたしは日本は軍隊を持つ、殺傷を目的とした軍隊に変更するということは、煎じ詰めれば、国民全員は、戦争という名の殺人を指示する選択をする意味になるだろうということがいい対話です。自分は兵役拒否すればよいから、軍隊にも、戦争にも賛成したわけではないとはならない選択が憲法改正ではないのかという視点です。

わたしは、現実の憲法改正、自衛から、攻撃を目的とする軍隊への変更は、参戦を意図したものである限り、その戦禍が拡大すれば、部分的であれ、全面的であれ、兵役、ひいては徴兵制の危険性を「なし」とする希望的観測で漫然としていてはならない。殊に非暴力という精神性を仏道が担うとすれば、なおさらのことではないのかというのが120における投稿の趣旨でした。

なお、その過程において、

> 軍隊も持つ事は、徴兵制の可能性が出てくる

というのは、当然、意識されるべき認識であろうと思います。


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