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本尊と曼荼羅

553文殊:2006/03/30(木) 23:28:25
日寛は重須生御影信仰に対抗するため、富士門内での教学的な
主導権を確保するため『六巻抄』でクー・デタに成功した。
流れは京都・重須から大石寺に変わった。「板法華」在家団体
の登山参詣で寺門は栄えることになった。日寛は知略に長けた
政僧の側面も併せ持っていたといえます。生御影から板本尊に。
日寛教学は八品教学を参照しつつも「板本尊」絶対帰依信仰と
大石寺歴代万世一系思想の唱導という明快な結論で大衆受容を
積極的に行ったことは決して侮れないものがあります。


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