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本尊と曼荼羅
469
:
とんび
:2005/11/19(土) 01:10:49
紙幅の曼荼羅(御本尊)について。
正宗では、紙幅の御本尊については、当時の信仰の厚い人に、一機一縁という
かたちで、授与していたということだったと思います。
ですから、戒壇の板本尊は、全人類の人の為に顕した..というのは、当時
納得いくものでした。しかし今は、戒壇の本尊については、日蓮さんが遺され
たものではないのでは..と感じています。
では、一体日蓮さんは、何を持って一切衆生を救おうとしたのでしょうか。
報恩抄でしたか、「日本国一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の
道をふさぎぬ」と。
あえて御本尊と書かずに、紙幅の曼荼羅と書きますが、紙幅の曼荼羅が、
信仰において、必要なものであれば、日蓮さんは生きている内に、もっと大
量に紙幅の曼荼羅を書き顕さなければ、ならなかったのではないでしょうか。
それとも、一幅の曼荼羅を多数の人で拝ませることが目的だったのでしょう
か。
正宗では、法主の書写したものを印刷して拝ませていますが、その他の門下
では、檀家の人たちはどうしているのでしょう。日蓮宗の信者の人は、曼荼羅
を拝んでいるのでしょうか。
また、日蓮さんの御書のどこに、私の遺した紙幅の曼荼羅を書写して多数の
人に拝ませなさい..という記述があるのでしょうか。
日蓮さんの、本意は..ということを論ずれば、それが一つの宗派になり、
合意点などあるはずもないのですが..。
允可証という言葉の意味がよくわかりません。なにぶん私は知識がないので
ここでの発言は、なじまないと思いますが。
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