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162犀角独歩:2002/09/20(金) 16:44

―161からつづく―

さて、問答名人さんの宿題に

○ 草案跡の広さから考えて、戒壇板本尊が安置出来る広さであったののかどうか。

安置できる広さは充分にあると思います。
けれど、多いときに数十人のお弟子さんやら何やら詰めかけていたら、ここでは少なくても木を削ったり、漆をかけたり、金箔張ったりはできないと思いました。
もちろん、周囲は土地はあるでしょうから、作業小屋でも仮に作ればそこでできたと思います。

ただ、伝に拠れば材とされた楠は七面山の池に浮かんだということ。この七面山、身延山の頂上から見える隣の山なんですが、けっこう、距離も高さもあります。そこから隣の山の草庵まで楠材を持ってくるのは難儀だろうと思えました。彫ったのは法師だというなら、それはよいけれど、漆・金箔まで法師がやったのか?という疑問は残るし、そんな貴重なもの、どこから運び、また作業工程も仕上げ作業をどこでやったのかと細かい点を考えれば、かりそめの草庵、小さな堂宇しか立てなかったこの地で、あの半丸太の戒壇の曼荼羅が制作されたと、私は納得できませんでした。

けれど、参加者の中には、当然、高弟論者の方もいらしたわけで、その方々は、私とはもちろん意見を異にするでしょう。

○ 身延での、日興上人に対する評価はどのようか。

これは当然、低い…、というより、その存在は忘れ去られているように思えます。
開基堂の像は、もちろん波木井円師、身延山二代は民部向師というのみです。

○ 身延では、売店に本尊が吊してある、と聞かされてきたが、本当かどうか。

一カ所、身延山頂上にある売店で2000円、2200円の弘安4年4月と記された日蓮真筆を縮小した印刷・表装した漫荼羅が販売されていました。
あと、鏡の御影がその漫荼羅の下に配置されたもの、小さくペンダント型になったものなど、いくつかありました。

○ 六老選定に対して、身延では、どのように考えているのか。

単に見て歩いただけなので、この点は、よくわかりません。
ただ、延山朗門のお坊さんと話したとき、「六老僧全員の祥月命日には法要を行う。もちろん、日興上人も行います」ということでした。
六老選定の信頼できる記述のとおりの反応であると、私は思いました。


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