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創価学会の功罪を考える

911犀角独歩:2003/11/15(土) 17:18

過去に何度も引用してきたところですが、ハッサン師は

「マインドコントロールの被害は、何百万人ものカルトメンバーやその子ども、友人、愛する人々だけでなく、私たち社会全体に及ぶ。合衆国は最大の人的資源を奪われているのだ。人類にたいへんな貢献ができる聡明で理想に燃えた志のある人々を、カルトに奪われている」(『マインド・コントロールの恐怖』恒友出版 P101)

と記しています。この既述は日本にもそのまま当て嵌まります。「日本は最大の人的資源を奪われて」います。

カルトに限らず、特定集団とその指導者の利益のために煽動される人的資源、あるいは献金その他が、公共の福祉に役立たされれば、日本社会は刷新するとわたしは常々訴えてきました。半世紀で創価学会は7兆円の資金を集め、400万人ないし800万人とも言われる人々が日々、活動に忙殺されています。この人的資源と資金が、公共の福祉に向けられるように方向転換されることが、今後日本社会における重要な課題となってくるとわたしは思っています。その意味において、創価学会には社会的な功績を果たしてもらいたいと念願しているわけです。

会・指導者のためではなく、悩む苦しみ人々への具体的な運動の展開です。
会内の、悩める人には答えを与え・目標と希望を与えてきたことは功利面として評価しても良いでしょう。ならば、その功利面を社会に開き、会のため、指導者のために明け暮れていた活動を、世のため、人のために展開していくこと。病に苦しむ人には薬を与え、障害に苦しむ人の手足となり、飢餓に苦しむ人には食を与え、衣を与え、住まいを与え、そして、教育を与える、そのような具体的な行動を菩薩道と定義し直し、成仏の実践とは、そのような社会活動を具体的に行う延長にあることを会員に教えていっていただきたいと思います。印刷本尊を持たせるとか、入会届にサインをさせるとか、そんなことが人々を幸福に導くのではない、ましてや国立戒壇が建つことなど何の意味もありません。この点を卒業するのに、しかし、創価学会は莫大な損失を会員に負わせたわけでした。もちろん、その責任は石山にもあります。それでも、そのような神話の呪縛を超えたことは評価されるでしょう。

実際に苦しんでいる状況々々に適切な支援をし、人間として最低限の生活を確保させて上げること、その安定の先にようやくと宗教の意義を考える心の余裕ができる道順を忘れてはならないはずです。そのように人間として尊厳の生き方を与えることこそ、わたしは真の布教であると思います。「死にかけたわたしを助けてくれたのは、創価学会の人だった。わたしの病に薬をくれたのは創価学会の人だった。この戦禍から私たちを救ってくれたのは創価学会の人だった。この教えに生きる人たちがわたしを救ってくれた故にわたしはこの人達を信じる」。この道筋こそ、広宣流布なのであろうとわたしは思います。

いま日本の宗教は間違っています。教団と指導者の利益に会員を隷属化させることを信心であると錯覚させています。菩薩は仏を崇めますが、功徳を布き施す対象は仏にではなくて、悩み苦しみ衆生に対してでした。「上求菩提 下化衆生」の意味を再考する時機が到来しているわたしは思うわけです。

世界の著名人の裕福な手と握手するのではなく、飢餓に悩み・戦禍に苦しむ血まみれ・泥まみれの手をもって引き上げることこそ、菩薩の道です。「これから」でもいい、創価学会は功績を積み上げていっていただきたいと念願するものです。


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