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創価学会の功罪を考える

903無徳:2003/11/12(水) 19:52
そうですね、創価学会の功績を語る為には沖浦さんでは有りませんが、個人的体験
を度外視しては語れないのも事実と思います。

例えば私事ですが、長野県の片田舎から上京して小さなクリーニング店に丁稚奉公
しました。

そのクリーニング店の店主が創価学会員でしたので、いやおうなく座談会に誘われ
そこで必然的に折伏を受けたわけですが、世間で言われているほど私に対しては強
引な折伏では有りませんでした。

その座談会に集う人々は、全く元気で会話も活気に満ちていました。
昭和39年頃でしたから日本もこれから経済の高度経長期に向かう前夜と言えまし
ょう。

しかし、決してそこに集った人々は豊かそうではなく、学歴的にも高い人とは見え
ませんでしたが、それでも明日への希望を感じさせる本当に明るい集いであった事
は事実です。

会話の内容も決して高度なものではありませんでしたが、とにかく創価学会はすば
らしい仲間たちと池田先生と言う優れた指導者を先頭に、日蓮大聖人の仏法によっ
て、大勢の人が沢山の功徳を受けて宿命転換しているとして体験談を沢山聞かされ
ました。

また、折伏教典や御書を読んでも創価学会に入会しようとの決心はなかなかつきま
せんでしたが、いわゆる庶民大衆と言える人々がこれほど元気で、時には公明党の
前身である公明政治連盟を通じての政治参加も果たし、王仏冥合によって日本を根
本的に変革しようと意気込んでいる事に正直に言って驚きました。

私と言えば小学校5・6年の時に見た確か「学習年鑑」とか言う雑誌の中で東京に
水素爆弾が落ちたらどこまでが壊滅するかと言った事を図入りで説明してあり。

ちょうど私が住んでいた長野県の立科町あたりも、水素爆弾によって殆ど壊滅状態
になる事が描かれていて衝撃を受けました。

なぜか、私は小学生ながら人間はやがて必ず戦争を繰り返すのではないかと思って
いましたので、あの学習年鑑の内容には驚いてしまって、その後は勉強する気力を
失ってしまいました。

中学・高校と出るには出ましたが悪戯と喧嘩とスポーツに明け暮れる毎日で、殆ど
教科書を自宅で開いた事が無いほど勉強嫌いになってしまいました。

そんな私がその後創価学会に自ら進んで入会し、積極的に学会活動をする中で日蓮
仏法はもちろんの事、折伏を通じて多くの人々と会話するなかで、哲学や現代思想
さらには科学や生命論といった様々な事を学ざるをえない局面に立たされ、初めて
学問の必要性に目覚めました。

このように、私事では有りますが創価学会による折伏活動が私のような無名の人間
(今もそのままですが)にも学問をする事の必要性を教えてくれたり、公明党を通
じて政治に対しての関心を高めてくれた事実は紛れもありません。

個人的体験ですが私は多くの人々が感じる創価学会のプラス面つまり、「功」の面
ではないかと思われます。

しかし、私にとって創価学会体験はどちらかと言えば苦々しい事柄に満ち満ちてい
たと言えます。だからこそこうして脱会し創価学会に対し批判的な立場にあるわけ
です。


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