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創価学会の功罪を考える
845
:
犀角独歩
:2003/11/10(月) 16:38
―844からつづく―
> 犀角独歩…脱会の道を選ぶ…なかなか言えなかった…問題提起
そのとおりです。沖浦さんが反省・謝罪した点ですが、「心の底より見下す」ことをしたのは何も沖浦さん一人ではありません。多くの創価学会員から脱会前後、実にひどい目に遭わされた経験があります。しかし、先にも提示したハッサン師の言葉のとおり、「苦難と虐待に耐え、情報と自己反省で敵を克服」し生き残ってきたわけです。
ここでいう「敵」とは何であるのか。それは脱会者を憎悪し、あるいは無視して非人道的に扱う態度と行動です。わたし達のことを沖浦さんが「退会者」と言い換えた。この点をわたしは評価します。しかし、それ以前に書いていたとおり「退転者」という汚名で侮辱されてきたわけです。それ以前でも、集団で悪者扱いをされ、「裏切り者」「恩知らず」と組織を挙げて人間性を貶められてきたわけです。それにも関わらず、現役学会員にはまったく罪の意識というものがない。反省もないわけです。それでも、10月18日以降の投稿で「心の底から見下し」「退転した制裁を受けるのは自業自得」だと下沖浦さんがわずかでもその姿勢を改めたことは評価できるところはあります。しかし、まだ我々の苦しみ・痛みの本質が理解されていないと残念に思うわけです。
我々脱会被害者は、学会の罪過を言おうものであれば、人格攻撃をされ、その口を封じられるという発言それ自体のを弾圧を受けてきたわけです。ようやくとこの掲示板に辿り着き、思いの丈を吐露し始めれば、またもや創価学会(員)による妨害です。自由に意見を述べることはさせないわけです。
ここは創価学会の掲示板ではありません。
原則的に自分たちの経験、蒐集した資料から学会問題を考えることは自由です。
むしろ、それを封殺する一方的な布教活動こそ、否定されなければなりません。
反面、わたしは沖浦さんの言論を封じているのではなく、証拠を示さず、一方的な布教を行う点に異議を唱えているわけです。ここが「相容れない相手」にあったときの対処の、沖浦さんとわたしの相違点です。
> 「創価学会は正義だ」といった、結論ありきから始める議論
この点が最も重要な点ですね。
結論に「到るため」の議論の場が、ここであるとわたしも思います。
ですから、このスレッド「創価学会の功罪を考える」の結論が、もしかしたら、「創価学会はすばらしい」という結論を導き出すことになるかも知れません。その点はまさに未知数そのものです。また、むしろ、そのような万人が認める創価学会の功績を披露できるのはわたしたち脱会被害者であるというより、沖浦さんのような現役会員でしょう。ですから、大いに集団組織創価学会の功績を披露するように促しているわけです。なぜ、なさらないのか不思議で仕方ありません。
いずれにしても、罪過を述べるのも、組織集団・指導者の功績を述べるのも、何ら妨害されることなく、冷静な議論を希望します。その場合、議論の健全さ、正当性を決めるのは、やはり、挙証責任を果たすことに尽きるとわたしは思うわけです。
マイルド・セブンさんが、種々、創価学会、または池田さんに係る問題点をネットから抽出しては紹介してくれます。なかなか参考になります。これは罪過面の提示です。
同じように沖浦さんも創価学会の功績面を提示されればよろしいのではないでしょうか。「個人的な功徳」はよくわかりました。今度は集団・組織・指導者の功績をご披露くだされば、比較対照の資糧とできます。
ただ、そこで提示される資糧の適否、実否は重要な点ですから、資糧吟味の段階で十分に質問をさせていただき、その適正を判断したいと思います。
このようにわたしは考えています。
スレッドの提案者であるアネモネさん、どうでしょうか。
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